冬が来る前に | a day in the life

a day in the life

良くも悪くも人生は一度きり・・・
道は無限にある
どの道を選ぶかは、自分が決めること・・・

side-5

手術室の前の廊下にあるベンチに腰を下ろした僕は

何も考えることが出来ずただ座っていた・・・

僕のひざの上には、小さなバスケットが所在無さ気に置かれていた

彼女の妹が、僕たちのために作ってきてくれた昼飯・・・

僕は、その蓋を取りラップにくるまれていた小さなサンドイッチを手にした

ぼんやりとした中で、それを口にした

ふと彼女の香りが漂ってくる・・・

初めて逢ったときの笑顔が

ホームで見た彼女の姿が

彼女から声を掛けられたときの甘酸っぱい想いが

寂しげな彼女の横顔が

ロータリーの先で僕を呼ぶ彼女の姿が

窓辺に立ち僕を見送る姿が

僕と一緒に歩く彼女の足音が

ベンチに座り陽射しを浴びる彼女の横顔が

僕の頭の中を駆け巡っていた・・・

遠くで彼女の声が聞こえていた

バスケットがゆがんでいた・・・

・・・・・

「婦長、すみません。今日は用事があるんで先に上がります。」

「ご自宅にお帰りですか?」

「いえ・・・でも、携帯は生かしておきますから

なにかあったら連絡ください。」

「わかりました。お疲れ様でした。」

「ども・・・」

受話器を置き、着替え、僕は病院を後にした

あの日と同じような青空・・・

あの日と同じように僕は坂道を歩いている

毎年この日には、ここへ来ることにしている

たった数ヶ月間の想い出・・・

でも、僕の中では消すことの出来ない日々・・・

あの日と同じベンチに座り

僕は空を見ながら、彼女と過ごした短い時間を思い出していた

「ここ、空いてますか?」

突然の声に驚きながら、声の主を見た

僕は一瞬、自分の目を疑った・・・そこには、あの日の彼女が居た・・・

「君・・・」

「その節は、姉がお世話になりました。」

「あ・・・」

それは、妹の香織だった・・・

彼女は僕の横に座り、遠くを見つめながら言った

「早いですね・・・」

「・・・そうですね・・・」

そう答えると、僕は俯いた


静寂が流れる


「姉は・・・きっと幸せだったと思います・・・」


そう言うと、彼女は僕に数枚の便箋を差し出した

それはあの日、彼女が買った便箋だった・・・

その便箋の最初には僕の名が記されていた


「これは・・・」


「姉の病室の引き出しに入っていました」


「あなたに渡したかったのだと思います・・・」


僕はその便箋を開き読み始めた

その文字が、涙でゆがんでいくのがわかった・・・

・・・・・

顔を上げた目に夕焼けが映った

ふと、その中に彼女の笑顔が見えた







・・・・・完