薫は松本城にいた。




世間はお盆休みが明けたばかりの頃


一足遅れて

夏休みという名目の連休を取っていた。





薫はとにかくひとりになりたかった。


生まれ初めての一人旅だ。




身体はひとりでも

ここにも颯太はついてきた。



(やってやろうじゃん!)

そう決意したはいいが、

何をどうしたらいいのか

皆目検討がつかないでいた。



松本は薫の故郷によく似ている。


駅周辺はそれなりに賑わい、


少し歩けば

広い空と山並みが広がっていた。


盆地の地形は薫が育った街と同じで

懐かしく、安心感があった。



その風景は

颯太の存在に気づいてしまった自分を

許してくれるような気がして

ホッとした。





宿は安曇野に取っていた。



山の奥深くにある

全国チェーンのホテルではあったが

都会過ぎない静けさが

今の薫にはちょうど良かった。


お盆休み開けということもあり、

ホテルも落ち着きを取り戻した様子だった。



貸し切り状態の大浴場で

薫は想像していた。


。。。



隣には颯太がいる。


見たことのない穏やかな顔つきで

首までお湯に浸かっていた。


「颯太はどんな仮面をつけてるの……??」


薫の問いにふっと笑って

颯太はボソボソと独り言のように

話し出した。


「うん。。。


音出してる時と犬といる時は

あんま仮面とかはないかなぁ。


けど、

仲間といると守りに入る

仮面は被るかもしれない。


足元すくわれるからね。



。。。。



あとは。。。。。



そうだなぁ。。




家。。。

相方もナーバスだから

あんまり刺激しないように

仮面つけてた方が楽だし。



生活時間違うからあんま会わないし

気楽だけどね。




みんな勝手だよ、ほんと。


好き勝手で無責任すぎる。


俺だって

たまには子供みたいにいたいよ。。。」




「薫だって

店で仮面つけてるの、

知ってるよ?」


ニヤりと颯太は言った。


「やっぱり。。バレてた??」



「一応ね、俺なりに

ずっと見てきたからさ」




優しく

柔らかな空気が

二人を包んでいた。





(颯太が

人を睨みつけるようなオーラを放つ理由

はこれかもしれない。。)


(人を寄せつけないように

意図的に振る舞うのは

必要以上に

傷つきたくないのかもしれない。。)




薫は

のぼせながらぼんやりと考えていた。





翌朝、


チェックアウトまで時間があったので


薫は散歩に出ることにした。



だだっ広い駐車場を歩いていると


掃除をしている支配人と目が合った。



「おはようございます!

昨日はゆっくりおやすみになれましたか?」


「おはようございます。

ここは静かでグッスリでした〜。」


「、、、あの木

なんて言う名前ですか??」


駐車場を囲むように整えられた

木々は

薫は

はじめて目にしたものだった。


「あれはね、、

明治天皇御夫妻が

静養にこられた際に

寄贈してくださったんですよ。


近づいてよく見てご覧なさい。」



葉っぱをひとつひとつ見ると、

綺麗なハートの形をしていた。


「自分でもいでお帰りなさい」


「え??

下に落ちてるのでいいですよ〜」



「それじゃあダメなんですよ。

幸せは自分で掴んでいいんですから」


ニッコリと微笑みながら

支配人は

薫を促した。


一枚のハートの葉っぱを

おそるおそる根元からちぎった薫に

支配人は優しく言った。


「大丈夫。

あなたは幸せを掴める人だ

ということです。


また

疲れたら

帰ってきてください。


いつでも待っていますからね。」






(肝心な木の名前、聞きそびれちゃったな。。)



駅に向かう送迎バスの中で

颯太からのLINEに気づいた。



美しい夕方の空の写真だった。



(そっか。きのうのフェスか。。)



颯太はフェスのステージ上から

写真を撮るのが好きだった。




自分が見てる景色をこうやって

いつも送ってくる。





「そっちの景色はどんな感じ?」


…そう尋ねてくるような声がした。




薫は掌の中にある


少し萎れたハートの葉っぱを撮って




「颯太、

幸せは自分で掴んでいいんだって。。」



…そう伝わるように返信した。