2月18日、手術から24日経過後の

1度目のCT検査時は、

白先生が急遽、手術対応に入られたと

別の先生に見て頂く事になり、


その時は、頭の中に溜まってた水も

半分は無くなってはいたものの


少し動くと眠気が我慢できず、

一日の半分以上は寝て過ごす日々だった。


大学に戻りたいという息子が

この状態で、はたして一人暮らし出来るのか?

心配で心配で…


代わりの先生に、その事を相談したのだが、

笑って


「心配いらないですよ。

 入院してる間、2.3日でも動かさないと

 人の体って不思議なもので、

 動ごかす事が出来なくなるもんで

 1ヶ月の入院期間で、

 そうなるのもおかしく無いですよ。」


そう聞いてもなぁーだった。

心配なものは心配なのだ。


その後、日に日に起きてる時間も長くなり、

また先日の「俺、回復したけん宣言」もあり、


3月16日、手術から50日経過後の

2度目のCT検査は、良い結果を期待しつつ、


また、白先生にも久しぶりにお会いしたいと

楽しみに朝から病院へと向かった。


予約時間の一時間前には到着、受付けも済ませ、

待っているとすぐにCT検査室へ呼ばれた。


そして検査が終わるとこれまたすぐに呼ばれ、

白先生が待つ診察室へ…。


「こんにちは。宜しくお願いします。」


挨拶しながら入ると開口一番、


「いいですね〜〜😀

 水、全く無くなってますよ。

 ほら、見てください!」


画像を指しながら、白先生が退院前に

水が抜けきれないと抜く手術が必要になるから

抜けていて欲しいと心配されていた事が

なくなったようで…😄嬉しい♥️


バンザーイ🙌


それから次に(8月頃)に予定される検査入院

(腫れがひいた後、本当にもう奇形の血管が

 無くなったのか隅々まで詳しく調べる為の検査)

について、日程確認と予約を済ませると…


「何か心配な事はありますか?」と白先生。


「実は…眠くなる症状があって

 最近は起きてる時間が長くなってきたものの

 心配で…どういった症状が出たら病院へ

 行った方が良いとか、どういった点に

 気をつけたらいいのでしょうか?」


不安な思いを白先生に伝えると…


「眠気ですか?

 確かに、小脳の患者さんは眠気というか

 意識障害があるように聞いてますね…。

 りゅうせい君、ちょっと立ち上がってみて!」


そう言って立ち上がらせ、

先生もりゅうと一緒に足踏み…。


「いいね〜今度は目を瞑ってやってみて!」


目を瞑ったまま足踏み…。


「バランスいいね〜バッチリだね!」


「日常生活で心配する事は無いですよ。

 頭の骨が後頭部のこのあたり、欠けてるから

 強く打ち付けないようにだけ

 頭を打ち付ける運動以外は何やっても大丈夫!」


「運転免許も取りに行って問題ないですか?」


「勿論!😉」


白先生から大丈夫って太鼓判を押して頂いて

ホッと一安心。


白先生から聞かれ、来月から大学に戻り、

追試を受ける事になった話をすると…


「りゅうせい君、一年位休学して小笠原諸島にでも

 行って来たらいいのに😁


 知ってる?小笠原諸島に行くのには

 船が週に1回しか出ないんだよ。


 今回の事で、大義名分もあるし

 人生観も変わったでしょう?


 今しか出来ない事を経験できる

 いい機会だよ😉」


白先生、いたずらっ子のような笑みを浮かべ


私達が息子に対して思っている思いを

さらりと伝えて下さった。

いい先生に巡り会えて本当に良かったなぁ…


帰り道もそんな話をしながら

休学したら?と気持ちを聞くと


一度決めたら…なのか

「2年生になる為に追試を受け学校に通いたい」

といった意思は変わらないようだった。


今しか出来ないこと…


りゅうせいだけでは無い。

皆そう。


いつ?コロッと逝くかもしれず

やりたい事を精一杯、楽しんでやりぬきたい。


最後まで諦めず、

なりたい自分になる!


台風?って思うほど風が強かったけど

りゅう君と二人でお散歩🚶


あまりの向かい風に

「やっぱり止めて家に帰る?」

という私に


「いや、大丈夫」

と、りゅう君。


退院してすぐの頃は、足を出す時に

バランスを崩しがちだったのが、

見てると全く感じられない。


調子が良さそうに歩く姿を

まじまじと見ていると


「俺、もう完ぺき完治したけん!」


二度目の手術から1ヶ月と10日、

時々具合が悪かったり、頭が痛いと言ったり

一日の半分は眠気に襲われ寝続けたり…


その度に本当に大丈夫なのだろうか?

大学に戻りたいと希望する息子を

一人暮らしさせられるものか心配していたけれど

少しすつ、良くなっていってくれている。


そして


話をよくするようにも

未来予想図のお喋りになるんじゃ?

当たり🎯かもしれない。ふふふ、



実は…

りゅうせいのナイダス(脳動静脈奇形)を
取り出した後、白先生からある話を聞いていた。

「今まで、19年もの間、
 りゅうせい君の毛細血管は、
 ナイダスに血液(栄養)を取られて、
 いつも飢餓状態でした。

 少しでも多くの栄養を取り込みたいと
 ずっと頑張り続けていたんです。

 だから今回、不要なナイダスを取った事で、
 毛細血管に正常に血液が届けられる事に
 なったのですが…

 急に血液が流れて来るようになったので、
 毛細血管がビックリしないか心配してます…。
 暫く血圧を注意してみますね!」

りゅうせいの毛細血管達は、少ない栄養で
りゅうせいの体を維持してきたんだね…

この話を聞いた時、
家族の誰しもが想像した事、それは…
毛細血管に栄養が行き渡るようになったら、

「りゅうせい、退院して来たら
 めっちゃ喋るようになってんじゃ?」

皆の予想は、現時点はハズレ。
りゅうは相変わらず、寡黙で優しく、
性格も変わる事無く、愛すべき性格のまま…

じゃあこれからどんな風に変化すると思う?

父ちゃんは、
(子供の頃に70、80代の耳の聞こえと言われ、
 手術したものの、まだ良くはない事から)

「耳の聞こえが良くなるんじゃ無いかな?」

私は

「もしかしたら、めっちゃ脳の繋がりが
 良くなって、頭が良くなるんじゃ?」

みぃは、

「少ない栄養でも、あれだけ運動神経が
 良かったから、運動選手になれる位、
 スポーツ万能になるんじゃ?」

はなは、
(りゅうの脇毛が男の子と思えない程
 私似で、つるっつるっなので…)

「脇毛がボーボーになるんじゃ?」

今まで低燃費で、脇毛をはやすまでの
栄養が行き渡らなかったのが、

血液が届けられ、くるっくるカールした
脇毛がボーボー生えてきそうだと…(笑)

さあ、いったい誰の予想が当たるのか?
りゅうの未来は如何に?

りゅうせいには、
素晴らしい未来が待っているのは、間違いない。

2月6日(土)、朝から神社へお礼参りし、

夜は、朝仕入れた、ブリ、ウマヅラの刺し身に
鰆のフライ、メバルの煮付け、
熊本の妹に贈ってもらった馬刺し、
野菜たっぷりのご汁に、白和え、サラダ

明日、帰るはな姉の最後の晩餐は、
はな姉が大好きなお魚🐟パーティ〜

食後のデザートに、久し振りに作った
黒ごまプリンを食べつつ、
5人で十数年ぶりに人生ゲームをしたのですが、

3回やって
母ちゃん、父ちゃん、母ちゃん勝利〜♪
まだまだ子供達には、負けられません😁うっしし

私は1回目と3回目、どちらも同じ流れで
最初はタレントからスタートし、
途中、職を失うコマに止まり、フリーターに。。

おまけに、主人とはなに、
仕返しのコマに止まられ、その時一番
お金を持ってたという理由で、
大金を奪われ、一番ビリか〜ら〜の…

ギャンブルコースで
ルーレットで1〜10の目の中で
3回の同じ目(10)を出し、
スーパーウルトラ大逆転!!

不運の後には、幸運が待ってます♥️

りゅうせいもこれから多くの幸運が、待ってる!
りゅうが倒れたあの日から、ずっと
この不思議な運命の歯車の事を考えていた。

脳出血で意識を失い倒れた日、
1月4日、三が日があけてすぐ、
柔道部の初稽古に参加していた時だった。

●もし、帰省中じゃ無かったら?

りゅうは、一人暮らしをしているアパートで
誰にも気付かれず、死んでいただろう。

一人暮らしを始めた数カ月は、
毎日電話にラインと連絡を取り合っていたものの、

バイトを始め、向こうでの生活も慣れ、
最近では、1週間に1度、連絡して、
繋がればラッキー、
ラインも既読スルーが多かった。

亡くなっても、
暫く発見されなかったかもしれない…。

●もし、この日で無かったら?

4日でなく、3日だったら、
お正月休みで、運ばれた病院が違ったり、
搬送先がなかなか決まらず、
助からなかったかもしれない…。

りゅうの入院中のニュースで、
コロナ患者が多くなり過ぎ、一般の救急受入れを
断らなくてはならなくなっていると…

考えるだけでも恐ろしい。
助かる命も助けられない状況の時だったら、
間に合わず、死んでしまったかもしれない。

●もし、柔道部の初稽古を
 体調不良で休む事にしていたら?

私達だったら、首を寝違えて痛いのなら
2階の部屋で休ませてあげただろう。

寝ている息子を起こさず、夕方まで寝かせ、
晩ごはんを知らせにあがると…
息子はすでに死んでいたかもしれない…。

そんな事になったら…
気づけなかった自分を責め続け、
私も生きていくことが出来なかっただろう…。

●もし、りゅうせいの様子を気にして、
 もう1度様子を見に戻ってくれなかったら?

柔道の練習中、水分補給して横になると
皆と離れた場所にいた息子。

一緒に水分補給して、また練習に戻ると言って
一旦息子のもとを離れた先輩が、

なんだか様子が気になると、もう1度、
様子を見に戻ってくれたから…

もう1度戻ってくれなかったら、
そのまま死んでいたかもしれない。

命が助かっても、自分の足で歩けなかったり
何も感じる事が出来ない重度の障害を
おっていたかもしれない。

そして、

●もし高校の時、柔道部を選んでいなかったら?

小中、ボクシング教室に通い、中学のクラブは
バトミントンをやっていた息子が
高校で突然、

「オレ、柔道部に入る!」

そう言って入部した時には驚き、
他に体格に合う部があるのでは?と
思ったものだが、入ると言ってきかない。

入部当初に、腕立てや
先輩達をお姫様抱っこしてのランニングと
激しいトレーニングに、

食欲がないと、
数日ご飯を残す日々が続くと思ったら…

実は両腕が全く、挙げられず、動かせず…
食べさせて欲しいと言えずに、
食べる事が出来なかったのだと知って😱。

1週間は腕をつり、食事にお風呂に、着替え
学校までの送り迎えと、親子ともども
大変な思いをしたのに、やめずに頑張った息子。

2年生では、腰椎分離症になり、
腰の骨が3本かけた状態で、コルセットで固め
1ヶ月柔道を休む事になり、

この時も体が大事と、柔道を止めるように
言い聞かせたのだが、やめず…
3年生最後の大会まで、先鋒としてやり抜いた息子。

息子が、自分で選択し、
自分の道を進んで来た事が全て、

全て正解だった!

りゅうせいの運命の歯車は、
少しも互い違いにならず、かみ合い
明るく希望ある未来へと繋がっている。
待ちに待ったこの日…

天気予報では、最初雨だったのが、
晴れのち曇りのち雨にかわり、
お迎えの時には、眩しい程の快晴🌞
りゅうせいスゲーっとはな。

それにしても…
25日の手術後からが、本当に長かった。

1月4日から25日までの事を思い出そうとしても
思い出せない程、毎日いろんな事を考え、
あっという間に過ぎ去り
人生観もすっかり変わってしまった…。

やっとりゅうせいに会える。
10時頃までに来てもらえたらとの事だったが
朝、7時50分には家を出た。

裏道のすいた道を走ったので、
8時40分には、ナースステーションに到着。

荷物の受け渡し時間外だからか、
誰もが忙しそうで、誰に声をかけて
お願いして良いものか…
キョロキョロしていると…

見知った顔、
婦長さんを見かけて声をかけた。

「今日退院の●●です。」

「●●君のお母さん、
 退院おめでとうございます!
 良かったですね〜」

そして、白先生からもお話しがあると言うので
暫くいつもの食堂で待ってると

向こうから青いジャンバーを羽織った息子が…
おーっ、普段着のりゅうは久しぶりに見る。

りゅうせいを交えて、三人で、
向かいに座るりゅうの左手をはな、右手を私、
ニギニギしながら、積もる話を…

暫く話していると、白先生がいらして
向こうの小部屋で話しましょうと。
りゅうやはなも一緒に入ると、

「退院、おめでとうございます!
 (脳の断面図を見せながら左の方を指し)
 ここにある脳動静脈奇形部分、
 (白く穴があいた所)はこのように
 (右画面を指して)なくなってます。

 退院後の2週間後、外来受診で
 脳のCTをとって調べ、また
 半年毎に受診して頂き、同様の検査を
 行って行くようにしましょう。

 その他はもう普段通りの生活を
 送って頂いて大丈夫ですよ!😀」

脳の中の奇形が無くなっている事を
写真でも確認できて、また更に一安心。

先生に感謝の気持ちとお手紙を渡し、
部屋を出ようとすると、白先生から呼び止められ
最後に聞きたい事があると…

「娘さん、お二人は双子ですか?」

はなが自分で

「いえいえ、年子で
 私がりゅうせいと7つ違いで、
 妹がりゅうせいと5つ違いなんです。」

「よく似てますね…」ぼそっと先生。

毎度ついてくるお姉さん達が見分けられず、
今日はどっちだろうとか?
と気になっていたのかもしれませんね😁。

先生に再度お礼を言って、
りゅうは1ヶ月と2日いた病棟をでる事に。

ナースステーションで、外来予約と
退院時の精算書類を受け取り、

9時半から予約していた病院内の
床屋さんには、時間ピッタリに着いた。

りゅうせいが髪をカットしている間に、
病院代と寝間着の精算を…

33日間の入院、手術が3回、
救命手術、脳血管内手術、脳動静脈奇形摘出手術
部屋は個室では無く、二人部屋。

トータルで約555万円。
その内、保険から530万円、自費で25万
(高額医療の手続き済だったので)
保険に入ってて、良かった😁

10時前には、カットも支払いも終え、
病院を出る事ができた✌️

家に帰り着くと、皆、大喜びでお出迎え。
先にテレワーク中のみぃに
お風呂を沸かしていて欲しいと頼んでたので
お風呂も沸いていた。

さっそく、髪カット後のりゅうを
先にお風呂に、のんびり入らせてあげる事に。

と、お風呂に入ろうと青いジャンバーを
脱ぐりゅうの姿にビックリ!💦

「何で下は裸なの?」

ジャンバーの下には肌着すら着てない
りゅうに驚いて聞くと

「うーん、頭に洋服があたると
 怖かったから着なかった!」

そうかぁー、
はな姉もそんな事言ってたな…
前ボタンの服を用意してあげれば良かったね💦

りゅうがお風呂からあがるのを待って、
ランチに牛丼♪😋

夜、りゅうの好きな●●牛のステーキ
にしようと、家の近くのお肉屋さんに立ち寄り、
ステーキをGETした際に、一緒に
そこの美味しい牛丼もテイクアウトしたのだ。

窓際の陽だまりの中で、
うまい、うまいとリスのように
口いっぱいに頬張る息子がまた愛おしい。

入院していた1ヶ月の間に
5キロも痩せてしまったというから
筋肉がすっかり落ちてしまったようだ。

こっちにいる間に、
美味しいお肉をいっぱい食べさせようっと。
母ちゃん、幸せ♥️
1月28日12時、午前中のテレワーク業務も
一段落したので、病院へ電話をかけてみた。

手術の日、ICUからでる際、
一般病棟へ移る時に、連絡しますとの事だったが
3日経ってもまだICUにいるのか?
息子の様子はどうなのか?

携帯を預かったままで連絡もとれず、
しびれをきらし、迷惑かもとは思ったが、
私の会社にも、今後の休みやスケジュール
報告もあり、連絡してみる事にした。

連絡すると、丁度のタイミングだったようで、
頭のドレインも取れ、今日の14時、
一般病棟へ移れるようになったとの事。
(まだ部屋は決まってないけど…)

リハビリも始まってるようで、
以前の救命手術後のように、
気分の悪さも無いようだ。良かった😊

その後、15時15分に病院からの着信、
本日2度目の電話に、
りゅうせいに何かあった?とドキドキして出ると…

白先生からの電話だった!

「いや〜りゅうせい君、順調ですよ。
 退院も4日に抜糸をするので、
 それ以降なら何時でも大丈夫ですよ😉
 何時にされますか?」

「5日でお願いします!!」
(ラッキーナンバーなんで😁うっしっしっ)

「退院後もリハビリ科の先生に
 聞いてみたんですが、
 特にリハビリする必要がなく、
 転院も不要ですよ。
 普通の生活で良いそうです。」

リハビリも不要!?
どんな回復ぶりなんだ(スゴイ!!)

白先生の腕が良く、大事な脳を傷つけず、
残してくださったおかげ。
信じられない程、順調過ぎてビックリ😆

あまりに早い退院予定に、主人は

「早すぎるんじゃ無いか?
 まだ、病院にいた方が安心なんじゃないか?」

翌日、29日に会社にお休みを頂いて、
はな姉と一緒に、携帯やゲーム、息子の好きな
ピュレグミのミカン味を持って病院へ…

受付でいつものように、荷物を預けようとすると、
担当がもう少しで戻るので、食堂で待つように
言われて向かおうとした時、

何というタイミングの良さでしょう…

向こうの病室から、リハビリ科の先生と一緒に、
これからリハビリに向う、りゅうの姿が…

スタスタと歩いてくるじゃない!
途中、スッと下にかがんだので、

「りゅうせい、大丈夫!?」

心配すると、たんにスリッパのバンドが
外れてしまったのでつけ直していただけだった。

わぁ〜りゅうせーい♥️
リハビリ、頑張ってね〜

顔もみれたし今日は何てラッキー♪

なんて思いながら、食堂に向かおうとすると
初めてみる先生から声をかけられた。

「りゅうせい君のお母さんですか?
 リハビリ科の●●です。」

「はい。あの…
 白先生から伺ったのですが、転院せずに、
 リハビリも不要って、本当ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。
 ただ一つだけ心配している事があるんです。」

「えっ、何でしょう?」

ドキドキ、急に心配に…

「大学の事です。一人暮らしされてると聞いて…」

大学の事まで心配して頂いている事に
驚きと感謝の気持ちで胸がまた熱くなり、

「ありがとうございます。大学の方は、
 今、担任の先生にご相談させて頂いてて…
 3月までは、実家にいさせて欲しいと伝えてます。

 4月に2年生にあがる為の追試や
 レポート提出で良い科目は、メール等で
 課題を送って頂く形で、息子に可能な限り
 負担がかからないようにお願いしてる所です。」

そう伝えると、

「それは、良かったです。
 3月までご実家なら安心ですから。
 そこだけ、僕達心配してたんです。」

リハビリ科の先生からも直接、
リハビリ不要で、普通の生活してたら良いと
いった太鼓判を頂いたので、
ウキウキしながら食堂で待ってると…

「あっ!さーさん!」

はな姉がりゅうせいのお嫁さんにしたいと
言っていた看護師のさーさんが来て

「今日、担当させて頂いてます。
 りゅうせい君、良かったですね〜

 でも大学の方は大丈夫ですか?
 本人に聞いても、だいじょーぶって。。」

「あはは😁💦そうなんですか…
 私達で先生とやりとりしてるから
 何も心配する事無いって伝えたからですね…」

さーさんに、さっきリハビリの先生にも
伝えた内容を伝えると

「安心しました〜」

「弟はあんな感じで、
 ぽぉ〜っとした所があるから、
 さーさん、スパルタで宜しくお願いします!」

と、はな姉さん。
もうさーさんを妹にしようとしてない?(笑)

さーさんにりゅうせいに渡してもらう
荷物を預け、帰ろうとした所、

向こうから、リハビリが終わり戻って来た
りゅうせいにまた会えた!😊わーい

今日も何て、ラッキーな一日なのでしょう🌟
1月25日 朝7時45分、
少し早めについていつもの食堂で
約束の時間、8時15分になるのを待つ主人と私。

昨日までの荒れ模様の天気が、
信じられないくらいの快晴!週間天気予報でも
雨マークの中のたった一つの晴れマーク☀

りゅうの晴れ男パワーを知っていた事とはいえ、
本当にこの子は…

りゅうせいは太陽に愛された子。天気の子。
太陽も息子の今日の手術を、
応援してくれているかのようで心強い。

8時半、看護師さんが手術の間、
貴重品を預かって欲しいと息子の携帯、
ゲーム機、一昨日頂いたお見舞い品を
私達の元へ持ってこられた。

そう言えば、お見舞いの品、
ちらりと目にしただけだった…と
待ってる間、開けてみると

千羽鶴

高校の名前に息子の名前が、
柔道着に刺繍されていて、
一つ一つ綺麗に折られた鶴が…

柔道部の体の大きな子供達が、
小さな小さな鶴を折る姿を想像して…(泣)

息子の為に、皆で
大会や試験前の大切な時間を割いて
作ってくれた気持ちに応え、
必ず私達のもとへ戻って来てほしい。

写真付きの寄書きも
皆の声援がいっぱいで、胸が熱くなる。

「ちゃんとあの子は読んだのかしら?
 もし読んでなければ、手術前に読ませたい!」

寄せ書きを撮り、急いで息子へライン。

すると
ぴんぽーん!

近くで音がする…

そうだった。さっき貴重品って
息子の携帯預かってたんだった😭トホホ

9時には移動予定と聞いていたが、
手術前に毛を剃ったりと準備に時間が
かかって少し遅れると
先程の看護師さんが知らせに来てくれた。

様子を伺うと、朝少し血圧も高かったようで、
手術前だから緊張しているんだろうとの事だった。

9時半、いよいよ手術室に向かうと聞いて、
課長に頂いたお守りと柔道部の皆が書いてくれた
寄せ書きを手に持ち、急いで息子の元へ…

ベットに横たわり、不安でいっぱいの表情…
お守りを持った手で、息子の手を握り、

「大丈夫!りゅうの得意な背負投一本で
 必ず勝てるからね!大丈夫。
 
 ほら、見たね?(見たよと息子。)
 皆が書いてくれた寄せ書き…

 皆、今度の県大会も
 りゅうせい先輩の為に勝つ!
 頑張るって言ってくれてるって。
 大先生から聞いたんだよ。
 
 お父さんお母さんも
 ずっと側についてるからね?
 頑張るとよ…」

「うん、オレ頑張る…。」

一緒にエレベーターに乗り、
血管内手術を行う部屋の前まで、
息子の手を握りしめ、そして送り出した。

りゅうせいは、必ず勝つ!

麻酔が効いて、血管内手術が始まるのは
10時頃だろうか…
そろそろ始まったのかな…

お守りを握りしめ、

「神様、仏様、お父さん、お母さん、
 おじいちゃん、おばあちゃん、
 おじいちゃん、おばあちゃん、うらばぁちゃん
 マリンちゃん、ご先祖様、ありとあらゆる方々に
 お願い致します!
 りゅうせいをりゅうせいをお守り下さい。」

ずっとずっと祈り続けた。

10時半、11時、11時半、12時…
まだ終わらないのだろうか?動きは無い。

と②先生が、事前説明の際、

「時間が余計にかかるのは、
 丁寧にやってもらってると考えて下さい。」

と仰ってたな…
今、血管を傷つけ無い様に、丁寧に
管を抜いて下さっているのかもしれない。

12時半、13時、13時15分!
血管内手術が無事に終わって、うまくいったと
と①先生が知らせに来て下さった!

良かった!まずは一つ、りゅうは勝てた。

普通は、この血管内治療の後、一日、二日、
間をあけての摘出手術になるらしいのだが、
月曜日が手術の為、金曜日に受けて、
土日の二日あくのはリスクもあるからと、
間をあけず、同じ日に行う事となったのだ。

このまま戻らず、麻酔もかかったまま
別の手術室に移動し、続けて、
脳動静脈奇形の摘出手術に入る事となっている。

この点でも、りゅうせいは本当にラッキーだった。

13時半、食欲は無かったものの
朝早起きして、みぃちゃんが作ってくれた
お弁当を食べる事に。

鰹と梅のお握りに、卵焼き、磯辺揚げ、
ウィンナー、サラダ…
美味しいって、味がわかるのは、
あの緊急手術の時とは違うから?

あの時は、術後も二日は食事が喉を通らず、
何を食べても味がしなかった…。

勿論、手術は簡単なものでは無く、
不安も感じているのだが…何と言って良いのか、
不思議と大丈夫な感じ?
りゅうせいが助かること以外、考えられない。

14時、摘出手術が始まる頃だろうか?
この間の手術が6時間程かかったから
終わるのは20時頃かな…

14時半、15時、15時半、16時…
祈っては時計をみる。また祈っては…

仕事してると『あっ』という間に過ぎゆくのに、
時の経つのが、ものすごく長く感じてしまう。

朝からずっとICU前の待合室にいるのだが、
手術や入退院の立ち会いに、ご家族の方々が、
入れ替わり立ち代わりで、
私達だけになる事がない位、こんなにも
手術を受けられる方がいらっしゃる事に、驚く。

中には、頭に冷えピタを貼って、
たぶん飲食業の店長(はな姉と同じ)で
従業員のうちの一人がコロナに罹患、
スケジュール確認、会社上層部への報告と、

実の父親が脳梗塞の手術をしている中、
忙しそうにノートパソコンをカタカタ…

こんな状況でも仕事をしなければならない立場を
気の毒に思う。
そう思える心の余裕がある事に、また驚く。

何だか今日は、全てが、うまくいきそうで、
そんな根拠の無い自信があった。
(後々聞いたら、主人も娘達も全く同じ
 気持ちでいたという…)

16時半、4時間は経ったであろうか?
もう脳動静脈奇形部分、
ナイダスをを取り出せただろうか?

17時、まだ何の音もせず動きがない。
17時半、またもや主人がトイレに…
そろそろ先生が出てこられるような気がする!

と、今度は主人が戻るやいなや、

17時35分、白先生が!!
手術室から一人で出てこられ、

「手術、無事に終わりました。
 全て綺麗に取り除けましたよ。
 今、縫合担当にバトンタッチしてきた所です。」

疲れた表情だが
今までに無い満面の笑みの白先生。

「白先生、本当にありがとうございます!
 白先生のおかげです!」

主人と一緒にお礼を言い終わる間もなく、
急ぎ足で、先程主人が向った先へと向かわれた。
トイレかな?

本当に長くかかる手術で、その間ずっと
命を預かるという大きなストレスと戦い、
ナイダス摘出という、難しい作業に取り組み、
悪い所を全て摘出してくださって…

白先生、と先生、麻酔科の先生方、
スタッフの皆さん、医療に携わる方々には、
足を向けて寝れません。感謝してもしきれない…。

18時50分、縫合も無事終わり、
あとは意識が覚めるのを待つばかり。

白先生から手術成功の話を聞いて、
家で待つジー、バー、はな、みぃも大喜び、
ここ数週間の息子や私達の不安や悲しみが、
全部ふっとんでしまいました。

早く息子の顔がみたい。

19時42分、りゅうせいの意識が戻り、
意思の疎通もできると呼ばれICUの中へ…。

白先生も側に来て下さって、
息子の脳の中のナイダスをギリギリのラインで
正常な脳を殆ど取ること無く残せたと…
後遺症の心配も無く、普通の生活に
戻れるでしょうとまで言って下さった。

術前説明では、命を守る為に安全策として
ナイダスの周りにある正常な脳も取るように
聞いていたのが…

もうどう言ったら、この感謝の気持ちを
伝えられるのだろうか?

救命手術の時には、喉奥まで大きな管で
酸素が送られていた状態だったのが、
今の息子は、ブルーのカップが口の上に
被さり、吸入しているだけのようで…

ホッと安心した顔の息子に、

「頑張ったね…本当によく頑張った!良かった…」

「うん。」

もう今度は嬉しくて涙が止まらない。

白先生から、

「今日は手術の日なので、面会時間は
 限られてません。
 好きなだけいて頂いていいんですよ😉」

りゅうせいの手を握り、主人と先生と
これから先、未来の話ができる幸せを噛みしめた。

まだいて良いという言葉に甘えて、
なかなか帰ろうとしない私に、主人が合図。

一緒に立ち合って下さっている
看護スタッフの方の疲れた様子に、
主人が気づき、私達がいる事で迷惑を
おかけしていると…

先生もずっと朝から、私達が来る前から
私達が帰った後も、息子だけではなく、
他の患者さんの様子もみなければならず、

確かに主人の言うとおり、りゅうせいに、

「あとは時間が治してくれるからね〜
 また来るね、ゆっくり体治すんだよ」

そう言って病室を後にしました。

帰ると皆がいまか、いまかと待ち構え、
りゅうせいの奇跡に、バンザーイ!!
万歳三唱🙌

25日、昔から私のラッキーナンバーの
5の5倍の日、本当に最高の一日でした。


1月23日、今日は主人の51回目のお誕生日💐

朝一、「お誕生日、おめでとう!」

お祝いは、りゅうせいの手術が
無事に終わってからしようね…と、
一週間分の買い出しに向うと、

美味しそうなイチゴ🍓を発見!

買って食べるとも〜めっちゃ美味しい♥️
りゅうにも洗ってすぐ食べれるように
少しタッパーに詰めて持って行こう!

昨夜、りゅうを救急車で運んで下さった
柔道部の顧問の大先生から電話があり、

柔道部の皆さんで作られた
「千羽鶴と寄書き」をお見舞いに持って
行きたいと仰り、

面会謝絶で会えないけれど
14時から17時の間は、
荷物をナースステーションで預ける事が
許されている事をお伝えすると

「明日、持って行きます!」

との事で、先生にも会えるかも…

りゅうせいにも朝から幾度となく

「父ちゃん!誕生日だよー😊りゅうから
 おめでとう言ったら喜ぶよ」

「今日、リクエストの
 ピュレグミと一緒に美味しい🍓
 持って行くから食べてね〜」

「大先生が皆で作った千羽鶴と
 寄書き持って行くって!
 良かったね〜」

送ったライン、既読がつかず…😭
手術の話聞いて、不安で仕方ないんやろうね。。
大丈夫やろうか?
側についていて、手を握ってあげたい…

早く荷物受け渡し時間にならんやろうか?
今日もりゅうの顔、少しでも見れたら
嬉しいのにな…

14時20分、病院着。
ナースステーションでグミと🍓、
洗濯後の下着類を預け、

(今日はリハビリ中では無いらしい)

りゅうの顔を見れないまま、
車に戻り、駐車場から出て病院表入口前で
(今日は土曜で閉まって裏から出入り)
大きな荷物を手にした大先生発見!

「大先生!来て下さったんですね
 ありがとうございます!」

車を駐車場に主人が戻しに行ってくれてる間、
大先生と娘達と一緒に、またりゅうの所へ…

ナースステーションで、
先生が持って来て下さったお見舞いを
り預ける際、

顔を見れずに残念そうにしている
先生や私達を見て、

遠くからなら…と、看護師さん。

私達から3m程離れた所まで、
りゅうが、ゆっくりと自分の足で歩いてきた。

大先生が息子に向かって、

「りゅうせい、頑張れよ!
 みんな、応援してるからな!」

「ありがとうございます!
 すいません。。頑張ります!」

と挨拶すると、そのまま促され、
くるりと向きを変え病室へ戻って行ってしまった。

戻る際の後頭部の大きな傷が痛々しく、
先生も

「頑張れよ〜」

姿が見えなくなるまで、
目頭を押さえつつ、声をかけ続けて下さいました。

と、そこに主人。
これまたタッチの差で、りゅうせいに会えず。

父ちゃんお誕生日なのに😭😭😭
りゅうせいから、まだ

「お誕生日おめでとう」

言えない。
その気持ち、父ちゃんよくわかっています。

おめでとうは、直接会って言いたいと
退院まで、お預けです。

1月22日16時、今度は脳血管内治療科の先生からの
説明があると言うので、再度病院へと向かった。

ナースステーションで受付を済ませ、
息子へ渡す歯磨き粉も預け、
食堂は人が多かったので、少し離れた所にある
デイルームで待っている旨言伝、待っていると…。

そろそろ約束の16時になろうかというのに、
また主人は…

「オレ、ちょっとトイレ行ってくるわ。」

2階下のフロアにあるトイレへ向かい、
階段を降りて行くのとすれ違いに、案の定…

「脳血管内治療科の●●です。
(と①先生とお呼びする)」

「今、丁度主人がトイレに行ってしまいまして…」

「それでは、また5分後位に来ますね!😀」

本当に主人は、今回全くタイミングが合わない。。

主人の帰りを待ち、
一緒にナースステーションの方に向かうと、
丁度こちらに向かって来られてた
と①先生と遭遇。

と①先生に案内されて向かった先は、
午前中、脳神経外科の説明があった
モニターが沢山あるお部屋。
ここが先生達のミーティングルームなのかな?

もう一人、モニターの前に座り
待っておられた先生が、

「脳血管内治療科、部長の●●です。
 同じ名字で紛らわしくてすみません。
(と②先生とお呼びする)」

「では、さっそく説明を…」

と①先生が、午前中にも見た
りゅうせいの脳の断面図を前に、

「麻酔科の先生に麻酔をかけて頂き、
 前回の造影剤を使った検査の時と同様に、

 ごほごほ。

 足の付け根の動脈から、
 前回よりは少し大きめの管(カテーテル)を
 挿入し、脳までとおします。

 ごほごほごほ。

 その管の中には、更に細い管が入っていて、
 その中に血液を固める液を通していきます。

 ごほごほ。

 この部分(脳動脈奇形)ナイダスの中に、
 液体状の塞栓物質で、血液を固め、
 摘出時に出血をさせることなく、
 安全に摘出することが出来るようにする為の
 前準備のようなものです。

 ごほごほごほ。」

こんな(コロナの)時期だけに、
と①先生の止まらぬ咳が気になりつつ、
手術の日まで、早く良くなってもらわないと…。
心配事がまた一つ増えました。。

「どんな処置か分かり易いように、
 ここに漫画描いてみますね!」

と、と②先生。

目の前で、脳動静脈奇形とその周辺の血管の
イラストを慣れた様子で、サササササッと…

「出来る限り、このナイダス(脳動静脈奇形)
 の近くまで管を持ってきて、液体を流します。
 そこまでは、そんなに心配はありませんが、

 血流は一方通行ではありません。
 こんな風に(血を固める液体の流れの
 逆向きの流れを書き込みながら)
 流れてくると、この管の先が固まって
 抜けなくなる。それが一番怖いんです。

 抜けなくなった管を、頭の中に置いては
 これません。しかし無理に取ろうとしても
 ここ見て下さい。
 (息子の頭の断面図、ナイダス周囲の
  血管を拡大させ)

 この血管、真っ直ぐじゃ無いでしょう?
 カーブが多いと抜こうとする力が伝わり辛く、
 抜け辛いんです。

 無理に抜こうとすると、
 この辺り(カーブしている血管のナイダスから
 遠い方の血管を指し)の血管が傷つき、
 破れて大変な事になってしまいます。

 ナイダス内の血を可能な限り固めたい。
 しかし、抜くタイミングも大事になります。
 そのタイミングを慎重に見計らいながら、
 行いたいと思います。」

凄くわかり易い説明、と②先生の顔も
深刻な顔では無く、
難しい手術だけどやってのけそうな?
自信のある感じ。

最後に仰ったのが、

「僕達の仕事は、いかに脳外科の先生達が
 仕事しやすく出来るか?
 安全に摘出出来るように処置出来るか?です。
 最善をつくします。」

麻酔科、脳神経外科、脳血管内治療科
先生方が一つのチームとなって、
りゅうせい、他の患者さん達の為に
日々最善をつくす為に、戦っている。

先生方を信じ、
りゅうせいの生命力を信じ、祈った。

りゅうせいは、大丈夫!
手術は成功する!

1月22日、今日は11時から手術前の説明が
あるので、主人と二人病院へと向う。

我が家の晴れ男、りゅうのもとへ
向っているからか?
息子がいる辺の空は明るく、晴れているようだ。

10時40分、病院で受付を済ませ、
いつものように食堂で待っていると…

最初に麻酔科の先生がいらっしゃり、
息子の今までの病歴や麻酔をする事による
リスク(全身麻酔等で気管支喘息の発作がでる)
等の説明を受け、サイン。

説明が終わる頃、リハビリ科の先生と一緒に
りゅうもやって来た。

こんなにも間近で、息子を見るのは、
本当に久し振りだ。
私達と一緒に、説明を受けるのだろうか?

暫く家族だけで、話しをする時間を
下さるつもりなのだろう…
リハビリの先生は、そのまま席を外された。

「体の具合はどうなの?」

「うん、まぁまぁ…」

主人は、息子に
自分の携帯のカメラを向けながら、

「家族の名前を言えるか?言ってみろ!」

「じーさんの名前は?」

「●●…」

ジージ、バーバ、はな姉、みぃ姉、
私、主人の名前をつまる事無く答えたが、
(ん?ちょっと違ってるぞ…)
主人からも

「一つだけ間違いがある、何処だと思う?」

「えー違ってる?うーん…」

もう一度、最初から答え始め、
はな姉の名前まで来た時…

「はな姉は●●はなか?」と、主人。

「うーん…」

「はな姉の名前は合ってるけど、名字がね…」

私のヒントにようやく気づき

「そうか、▲▲はなだ!」

正解!はな姉が結婚して性が変った事に
ちゃんと気付いたようだ😊
頭の理解も、話も普通に出来る事に安心しました。

主人はどうやら家で待つジーやバー、
はなやみぃに、りゅうせいの様子を
送ってあげたいようだった。

主人が続けて撮影会を行う中、

本人が知らないであろう、運ばれて来た時の様子、
大先生が救急車を呼んで、
一緒に付き添って乗って頂いた話、

また大学の先生やバイト先の責任者の方と、
こちらでやり取りしてるから、
りゅうは何一つ、心配する事が無い事、

伝えたかった事を伝えていると…
白先生がいらして、

「りゅうせい君は、少しここで待てるかな?
 お父さん、お母さんはこちらへ…」

何時もの小部屋では無く、
ナースステーションの奥の奥、
大きなモニターがいくつも並んだ部屋へと通された。

モニターの前には、脳神経外科長の先生。
白先生も一緒に、りゅうせいの脳の画像、
先日の造影剤検査で撮ったものを見ながら、

「小脳のこの部分が脳動静脈奇形部分、
 ナイダスです。比較的表面にはありますが…。

 一番怖いのは、血管が破れて
 脳の中枢を圧迫する事ですが、
 術中に破れても気づく事が出来ないのです。

 そこで、手術前に先に血管科の先生に
 お願いして、ナイダスが破れないように、
 血管の中の血を固めて頂く、血管内治療を
 行う事を考えています。

 また今回は、前回開けた場所を
 基本、そのまま開くのですが、

 この部分(後頭部右の首上にある小脳の
 左端、頭の中央の首上辺り)を
 前回より少し広く削る事となります。」

 聞いていると、手術は、開頭手術と血管内
 治療の利点を活かした手術方法になるらしい。

 しかし、脳外科長の先生も仰るように

「先日も同じように手術した
 幼稚園の女の子は、術中に血管が破れて
 亡くなってしまいました。

 脳外科の手術の中でも、
 最高難度の手術となります…。」

白先生も辛い様子で、

「こちらの同意書に、帰ってからで良いです。
 しっかり読まれた上で、サイン下さい。」
 
今朝まで、りゅうの回復もすこぶる良く、
手術も受ける事が出来る事に希望を持ち、

明るい未来に、
私自身も元気を取り戻していたのが…
また絶望。

私達は、本人の意思を確認しないまま、
もしかしたら命をおとしてしまう
そんな手術のサインをしなければならず。

「りゅうせい君には、僕の方から
 軽くお伝えするようにします。」

白先生の心遣いに感謝して、
血管科の先生の都合で、
血管内治療の手術前の説明が16時からに
なったとの事で、一旦家へ帰る事にした。

食堂を覗くと驚く事に、
まだ一人でりゅうが待っていた。
部屋へ戻されす、ずっと一人でここに…

心細かったろうね…
少しじゃ無かったもんね…ごめんね。

私の今できる精一杯の明るい声で、

「待ってたと〜?遅くなってごめんね。
 手術は心配せんでも大丈夫やけんね!
 また夕方、来ることになったけん、
 何かいるものある?」

「歯磨き粉が無くなった」

「そうかぁー小さかったもんね。
 なら後で持ってくるね〜部屋で休み〜」

家までの帰り道、空同様に気持ちが沈み、
涙がでて止まらなかった。