10.美しきもの

 

二人は大きなフロアのあるピアノ屋さんに入ります。
 

ジョーンズ:
「ここは音楽の天国だ」

「ピアノは女の体に似ているね」

「すごいな、見ろよ」

 

カメラはフロワ中の無数のピアノを写しながらパン(カメラを左右に振ること)します。

色温度の低い電球色のオレンジがピアノの筐体に反射して、あたりはメランコリックで幻想的な雰囲気が漂っています。

黒いワンピース姿で腰を曲げて立ち弾きをするスーザン。

ジョーンズは後ろから彼女をいたわり、抱きかかえるようにしてピアノをデュエットします。

すごくセクシーで大人なシーンです。

 

店員:「セール期間中はさらに25%値引きしますよ」

ジョーンズは店員の言葉を口に人差し指を立てて遮ります。

ジョーンズ:「バッハが聴こえる」

店員:「こうですか?」

 

店員はピアノに座りバッハの曲を弾きました。
 

ジョーンズ:「違う、もっとアップ・テンポだよ」

 

ジョーンズは自分の世界に入り踊りだし、スーザンに優しくキスをします。

そして、『SOLD』の紙をそのピアノに置いて、また違うピアノの方に向かいました。

 

店員:「お買い上げということですか?」

 

またジョーンズは陽気に弾き始めました。

ジョーンズはスーザンの前髪を掻き分け、頬を撫でて、この場にいる喜びを分かち合います。

 

ジョーンズ:「もっといいピアノを...」

 

奥のピアノでショパンの曲を静かに弾き始めるジョーンズ。

追いついたスーザンがフレームに首をかしげながら入ってきて、ジョーンズに近づきます。

静かなショパンを聴くスーザンの艶めかしい美しい姿。

上司に叱責されていたときの表情とは全く違うスーザンを、いとも簡単に引き出したジョーンズのただ喜びを分かち合いたいといった純粋な心。

何台もあるピアノの輝きに店内の照明が優しく二人を照らし、静かに弾かれるピアノ。

ピアノの質感、スーザンの美しさ、ピアノの旋律がひとつに調和した美しいシーンです。

「ピアノ」、「スーザン」、「旋律」。

五感のすべてを感じ尽くさせる、3つのどれにも恋してしまいそうな誘惑的な不思議なシーンでした。

スーザンは純青の素敵なパーティードレスを装い、ベートーヴェンのコンサートに二人はやってきました。

双極症に苦しみながらも有名になった人物はたくさんいます。

このベートーヴェンもその一人です。

双極症に今苦しんでいる方へのエール。偏見を無くしたいという思いから以下に記します。

☆ベートーベン
☆シューマン
☆チャイコフスキー
☆カニエ・ウエスト
☆セレーナ・ゴメス
☆マライア・キャリー
☆フランク・シナトラ

☆リチャード・ドレイファス
☆キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
☆リンダ・ハミルトン
☆ヴィヴィアン・リー
☆フランシス・フォード・コッポラ

☆リンカーン
☆セオドア・ルーズベルト
☆チャーチル

☆ゲーテ
☆夏目漱石
☆宮沢賢治
☆ヘミングウェイ
☆太宰治

☆ゴッホ

その他大勢が活躍されています。

感覚の世界に生きる作曲家たち、日々過敏な刺激を受けながらも素晴らしい音楽を創り上げます。

透き通った歌声に乗せて世界を魅了する歌手、体力と気力のいるコンサートや有名であるがゆえのストレスを抱えながら生きています。

時に歴史を変える決断と犠牲を強いられる政治家、タフな精神力がないと持ちません。

自ら世界を感じたイメージを言葉に変換して本にする作家、自身の病気も時にはモチーフになっているのかもしれませんね。

そして凡庸な世界を自身のイメージを通して、心地よい空間に変えてくれる画家たち。

こういった方々が病気と戦いながらも、自分たちの能力をそれぞれ発揮して、世界をより良い方向に変えていってくれています。

双極性障害に偏見を持たれている方々へ。

この人たちは世界にとって『障害』でしょうか?

人類に何も寄与していないですか?

こんな人達とは関わりたくない?

しかしあなたはもう知らず知らず、関わっているのです。

たくさんの恩恵を受けているんです。

誰一人として、影響を受けなかった人はいないはずです。

差別をされている方々がいることであなたは安心したことはないですか?

辛辣なことを言って申し訳ありません。

あなたのその精神のバランスは、弱い者たちにその意識を向けることで保ってはいませんか?

この世に強い人間などいないのです。

皆、『脆弱性』をもった生き物です。

人類皆が『欠陥商品』ではありませんか?

そう思うのは、私たちが知らないうちに『効率的、機能的』に生きようとしてしまうからだと思います。

 

 



11.喜びの歌

 

作品に戻りましょう。

コンサート会場の入り口で二人はワルツを踊ります。

♫ イチ、ニー、サン、イチ、ニー、サン ♫

♫ ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー ♫

 

スーザン:
「あなたの頭の中はもう音楽が聞こえているの?」

「あなたは音楽家なの?」

ジョーンズ:
「軽い羽根のように...音楽学校に通ってたんだ」

「エレンという美しい恋人が..」

「すばらしい作曲家だった。今も忘れられない」

「だがもう死んだよ...」

 

二人が会場の中に入ると『喜びの歌』が聴こえてきました。

それはまさにジョーンズの多幸感を盛り上げる演出のようです。


 

~『歓喜の歌』 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン~

♫ Freude schöner Götterfunken,
♫ Tochter aus Elysium,
♫ Wir betreten feuertrunken,
♫ Himmlische dein Heiligtum!

歓喜よ 美しき神々の御光よ
エリュシオン(楽園)の乙女よ
我等は情熱と陶酔の中
天界の汝の聖殿に立ち入らん

♫ Deine Zauber binden wieder,
♫ Was die Mode streng geteilt;
♫ Alle Menschen werden Brüder,
♫ Wo dein sanfter Flügel weilt.:|

汝の威光の下 再び一つとなる
我等を引き裂いた厳しい時代の波
すべての民は兄弟となる
汝の柔らかな羽根に抱かれて

 

 

 

皆さんこの曲を知らない人はいないと思います。

このような喜びの極限を言葉に、音符に乗せることは躁の状態にならないとできないのではと思うほど、歓喜に満ち溢れた曲ですね。

ジョーンズは喜びのあまり、壇上にいざなわれるかのように近づきます。

ジョーンズが壇上に近づくにつれて観客がざわめき、一人一人が立ち上がるのもすばらしい演出です。

不審者への驚きが、ジョーンズの指揮へのスタンディングオベーションのように見えます。

そしてついに彼は壇上に立ち、演出家にとって代わり指揮をしはじめました。

しかしジョーンズは強すぎる刺激によって、躁がついに限界にきてしまいます。

 

 



12.収監

 

ジョーンズは精神病院の閉鎖病棟の保護室に再び収監されます。

薄暗い部屋のベッドに無理やり留め具で押さえつけられます。

このシーンでは建物内の壁も、エリザベスやパトリックの服装も青い色で統一されています。

患者を落ち着かせるための色統一ですが、周りの人の冷たさや患者の孤独感を感じさせます。

 

ジョーンズ:
「それは重いブーツだぞ。気をつけて脱がせろ」

「空を飛べるブーツだぞ!」

「乱暴はよせよ」

「とてもきついよ。やめてくれ」

「おい、君、医者を呼べ。主治医を呼んでくれ」

「エリザベス・ボーエン医師だ」

「早く呼んでくれ!」

「聞こえたのか?」

 

精神科医たちがやってきました。
 

Dr. パトリック:
「彼だよ。君が正しかった。保護しておくべきだった」

「暴れて大変だったそうだ」

エリザベス:「薬は?」

Dr. パトリック:「君を待ってたよ」

エリザベス:「なぜ?」

Dr. パトリック:「君の患者だろ?」

 

ジョーンズは興奮状態で数字を羅列して繰り返し言葉を発しています。
 

エリザベス:
「ジョーンズさん」

「ジョーンズさん」

ジョーンズ:「エリザベス、僕は帰りたいよ」

エリザベス:「今はまだダメよ」

ジョーンズ:
「規則で72時間は出られない。だがそこを曲げて...」

「こんな所、死にそうだ」

エリザベス:
「あなたは病気なの。躁鬱症(双極性障害)と言うの」

「糖尿病と同じよ」

ジョーンズ:「僕はただのツイてない日かと...」

Dr. パトリック:「治療できる病気だ。成功例も...」

ジョーンズ:
「ファック野郎!20年病院に出入りしてて、ヘドの出そうな言葉がある」

「その『成功例』ってやつだ」

「貴様ら勉強になるからよく聞けよ」

「僕は病気じゃない」

「これが生まれつきの僕なのさ」

「ほっといてくれよ!」

「よしてくれ。誰が注射なんかするか」

エリザベス:「自分を傷つけないためよ」

ジョーンズ:「傷つけるもんか」

エリザベス:
「ジョーンズさん、今夜私を呼んだ?」

「ちゃんと来たわよ」

ジョーンズ:「君は来てくれた。うれしいよ」

エリザベス:「興奮してて疲れてる」

ジョーンズ:「疲れてないよ」

エリザベス:「あなたを休ませてあげたいの」

ジョーンズ:「ハルドル(抗精神病薬)は御免だぞ」

エリザベス:
「違うわ」

「アミタル(催眠鎮静剤)よ」

「ただの精神安定剤よ」

「あなたを眠らせて体を休ませる」

ジョーンズ:
「僕は君のやさしさを知ってるよ」

「君の笑顔、いいね」

 

ジョーンズはエリザベスを信じて、注射を受け入れました。
 

ジョーンズ:「ワインの効果みたいなものかい?」

エリザベス:「そうよ、1ビン空けたと思ってね」

ジョーンズ:
「ありがとう。いい気分だよ」

「君にもワインを」

エリザベス:「一杯いただくわ」

 

とても気の利いた表現ですね。

ここがバーのカウンターではなくて、保護室ということを忘れてしまいます。

患者の気持ちに共感することが何よりも患者を安心させます。

 

ジョーンズ:「僕のことを考えて」

エリザベス:「あなたが回復することをね」

ジョーンズ:「僕は眠らないからね」

エリザベス:「いいわ」

ジョーンズ:
「君は美しいよ」

「僕のエリザベス」

「皆、僕から行ってしまうんだ」

「僕は18歳だった」

「彼はどこへ?」

「ママ、彼は?」

「僕、とても怖い夢を...」

 

やがてジョーンズはまどろみの中へ消えていきました。

 

 



13.自由を得たい気持ち。守りたいという気持ち

 

ジョーンズのこれからの処遇についての公聴会が開かれました。
 

判事:「ここがどういう所か分かってる?」

ジョーンズ:「精神鑑定の公聴会です」

判事:「では公聴会の決定が持つ意味を理解していますか?」

ジョーンズ:「精神科病院へ入院せねばならないかどうか、その決定をするんでしょ」

判事:「それでは発言をどうぞ」

エリザベス:「E.ボーエン医師です」

聞き取り人:「この州での医師の資格をお持ちで?」

エリザベス:「はい」

聞き取り人:「彼には入院の必要ありと主張するのですね?」

エリザベス:
「双極性障害を病んでいるからです」

「現在は躁状態です」

聞き取り人:「それを裏付けるような事実はありますか?」

エリザベス:
「2つあります」

「まずは自分は空を飛べると言って、屋根に登り騒ぎを起こしました」

ジョーンズ:「止めなきゃ面白い実験だったのに」

判事はジョーンズに黙るようにジェスチャーします。

ジョーンズ:「失礼、僕は黙ります」

エリザベス:「2回目は音楽会の会場で騒ぎ、警察の保護を受けた」

ジョーンズ:「ここにあの時の指揮者がいるのかい?」

判事:「ジョーンズさん、発言はあとからにして下さい」

ジョーンズ:「分かりました。判事殿」

判事:「続けて、Dr.ボーエンさん」

エリザベス:「判断能力に欠け、自らを傷つける可能性があります...」

聞き取り人:「つまり?」

エリザベス:「躁のあとにはうつ状態が必ず来ます」

聞き取り人:「うつ状態の兆候とは?」

エリザベス:「無気力感、絶望感、喜びを感じる事ができず肉体機能にも障害が...」

判事:「ジョーンズさん、意見はありますか?」

ジョーンズ:
「『絶望...』『無気力...』『喜びを感じる事ができない』」

「先生、僕を見てそういう言葉がすぐ浮かびますか?」

「どうです?」

 

現在、躁状態で多幸感のあるジョーンズには、それまでの気分と違うことを自覚できないんですね。
 

聞き取り人:「正直、浮かびません」

ジョーンズ:
「ボーエン先生は有能な医者で尊敬しています」

「しかし入院しろですって?『ノー』です。絶対に」

「病院の医師たちは僕を診察して『双極性障害』だと言う」

「だが僕がうつ状態になったところは今まで誰一人見たことがないはずです」

エリザベス:「それはそうね」

ジョーンズ:
「僕は決してうつなどにならない」

「生まれつき陽気な性格なんです」

「これは簡単明瞭な事件です」

「事実を正しく見れば明白です」

「僕は役に立つ人間です」

エリザベス:「去年1年だけで75000人のうつ病患者が自分の命を絶ちました」

※これに関しては人数が多い気がします。(アメリカの年間の全自殺者数は約49000人というデータがありますので、間違いだと思います。)

ジョーンズ:「判事閣下、僕が自殺をする男に見えますか?」

判事:「ジョーンズさんは先生に言われた事件についてはどう思いますか?」

ジョーンズ:
「空とぶ話?」

「どうって事ありません。子どもと同じなんです」

「子どものように自由な想像力がある」

「生まれつきです」

「でも、誓います」

「信じて下さい」

「あのベートーヴェンの指揮者はひどかった」

「判事閣下、お願いです」

 

ジョーンズは立ち上がって置いてあるマイクを手に持ち、ささやくように判事に言いました。
 

ジョーンズ:
「僕を病院に入れないで下さい」

「もう人に迷惑はかけません」

「ベッドの必要な患者が大勢います」

判事:「かけなさい、ジョーンズさん」

ジョーンズ:「もう1度、お礼を申し上げます」

 

公聴会は終わり、結果はジョーンズの入院は免れることになりました。

この病気の診断の難しさは、その本人の性格であるか、躁の影響かが分かりづらいということです。

これは患者さんの躁転の気配をいち早く察知して、重篤になるのを防ぐことの障壁になります。

日頃から近しい人が少しおかしいなと気付かないと、本人、治療者ましてやはじめて関わる人にはとても判断しづらいことです。

こうしたことに、双極症は家族の協力や病気の見識が必要なんです。

そして憎むべきは患者本人ではなく、病気です。

この病気には、本人・家族・主治医・心理士vs双極症といったチームで闘うことがとても大切になってきます。

ジョーンズは通路でエリザベスが来るのを待っていました。

 

エリザベス:「次の時は呼ばないで。わたしは忙しいのよ」

ジョーンズ:「負けて悔しいのか?」

エリザベス:「競争ではないわ...」

ジョーンズ:
「ちょっと待ってくれよ」

「自由を求めて闘うのは当然だろ?」

エリザベス:「教えて、あなたはうつ状態になる?」

「自殺癖が出るの?」

「どう?」

ジョーンズ:
「ならないよ。リチウム(気分安定薬)がある」

「毎日4錠。躁鬱が収まる」

エリザベス:「ええ、飲めばだけど」

 

リチウムは双極症には昔から使用されている薬です。

躁の気分を抑える効用があります。

それに加えて「衝動性」を抑える効用もあります。

これが自殺予防に大いに役に立っています。

そしてうつに対しても効き目があります。

よって治療者にとっては第1選択薬となっています。

しかし患者全体の1/3程度の人にしか完全には効きません。

したがって、通常はバルブロ酸や抗精神病薬などと併用して服薬します。

またリチウムはすぐに中毒症状を起こしやすいという副作用があり、摂取容量には血中濃度を定期的に測り、シビアな管理の元、服薬しなくてはなりません。

それくらい患者さんは服薬治療に対しても多大な苦労をして、自分にあった薬の調合を長期間かけて求めます。

 

 



14.波打ち際のデート

 

 

ジョーンズ:「エリザベス、待てよ」

エリザベス:「話ならアポイントを取って下さい」

ジョーンズ:「怒ったのか?」

エリザベス:「薬を飲んで歯を磨くのよ」

ジョーンズ:「別れた旦那と何かあった?」

エリザベス:「あなたに関係ないわ」

ジョーンズ:「あの医者にくどかれた?」

エリザベス:
「あなたに言っとくわ!」

「もう黙って!」

 

エリザベスは怒り、立ち去ります。

ジョーンズはその場に立ち尽くし、気落ちした表情を見せています。

彼女は申し訳なく思ったのか引き返してきました。

 

エリザベス:
「ごめんなさい」

「つい...」

 

このようにして、患者は思ったことを口にしてしまう衝動を押さえられないのです。

本人には決して悪気はありません。

エリザベスは車に乗り込んで、自分の心を落ち着かせようとしました。

ジョーンズはエリザベスに近寄ります。

 

エリザベス:「何なの?」

ジョーンズ:「途中まで乗せてくれない?」

エリザベス:
「わたしは精神科の医者よ」

「車が必要な時はタクシーを呼んで!」

ジョーンズ:
「それが...一つ問題が...」

「金がない」

 

しかたなく、エリザベスは赤いオープンカーにジョーンズを乗せます。
 

エリザベス:「教えて、最初の兆候は?」

ジョーンズ:
「僕も質問が...」

「芝居に行って婦人科の医師に出会ったとする」

「『エリザベス、芝居を楽しんでる?』」

「『体が不調だと言ってたけどついでに診察をしよう』」

「君は劇場でスカートをめくるのと同じ事をここで僕にしようとしている」

「医者だって時と場所を選ばないといけないはずだ」

「そんな立ち入った事を聞くのは失礼だよ」

エリザベス:
「確かにそうね」

「謝るわ」

 

主治医やカウンセラーは過去の病状記録や直近の出来事から適切なアドバイスや服薬、心理療法を行います。

特に双極症はうつ転、躁転する前の早急な発見が大事なので、患者の少しの変化に心を配ります。

どうしても根掘り葉掘り聞いてしまうのが、職業病なのですね。

 

ジョーンズ:
「君を許そう」

「そうだ、食事をしよう」

エリザベス:「ダメよ」

ジョーンズ:「自由の国、アメリカだぜ」

エリザベス:「わたしには約束があるわ」

ジョーンズ:
「僕は飢えてるんだ」

「腹がもうペコペコだよ」

エリザベス:「ダメよ」

ジョーンズ:
「僕より君を必要としてる人間がいるのかい?」

「イヤじゃないんだろ?」

「見ろよ、あそこ『許しへの道』」

 

ジョーンズはレストランを指さし、ハンドルを切る仕草をして促しました。
 

ジョーンズ:
「君はきっと僕のことを許すよ。どう?」

「あそこに行けよ」

 

エリザベスは愛車をハイウェイから降ろして、食事に向かいました。

エリザベスの愛車は赤のオープンカーです。

演出者がこれを採用した理由が分かる気がします。

移動中、風を受けて走る爽快感。

患者を安心させて受け入れるという精神科医やカウンセラーに求められる包容力。

そして赤は病棟の青と対峙した、人間性の回復を意味しているのだと思います。

二人はフレンチポテトを買い、浜辺を歩きながら話します。

ファストフードの食べ歩きです。

この作品の雰囲気である「爽快感」「思いつきな行動」をうまく演出していますね。

この中に病気の性質と同時に、もっと大切な真の喜びを表しています。

 

エリザベス:「なぜ舞台へ上がったの?」

ジョーンズ:「テンポだよ」

エリザベス:「何、テンポって」

ジョーンズ:
「『歓喜の歌』は『アレグロ・ヴィヴァーチェ(生き生きと速いテンポ)』」

「耳が悪くてもベートーヴェンのテンポは絶妙なんだ」

「ベートーヴェンならきっとあの指揮者を引きずり降ろしてたよ」

 

この作品の巧みな所は躁という症状を逆手にとって、生きることの喜びを身体中で表現するところだと思います。

ジョーンズは音楽学校を卒業しています。

こういった多幸感、高揚感を音楽という形で、そして五線譜上の見事なテンポとして置き換えることで、より詳しく、観客にも体感できる経験として、表現してくれているのだと思います。

 

エリザベス:
「あなたは音楽に詳しいのね」

「何か楽器を演奏するの?」

「楽器を?」

 

ジョーンズは少し黙り込み、答えませんでした。

そしてジョーンズは場面を変えるかのように手すりに登ります。

 

ジョーンズ:「踊ろう」

エリザベス:「ダメよ」

ジョーンズ:「踊ると世界が変わるよ」

エリザベス:「今で満足よ」

ジョーンズ:
「僕を知りたいんだろ?」

「じゃあ、ここへ」

エリザベス:「下りなきゃ帰るわよ」

ジョーンズ:「そうか、怖いんだな」

エリザベス:
「ハイヒールも怖いの」

「子供の頃から高所恐怖症でね」

「治らないの」

ジョーンズ:「飛ぶ夢を見たことある?」

エリザベス:「さあ...子供の頃ならあるかも」

ジョーンズ:
「面白いな。誰に聞いても同じ事を答えるよ」

「なぜ子供だけが空を飛ぶ夢を見る?」

エリザベスは腕時計を見ました。

ジョーンズ:「また時間?」

エリザベス:「全然いいのよ」

ジョーンズ:
「なぜ君は医者になったの?」

「クリスマスに親から『お医者さんセット』をもらった?」

エリザベス:「まさか!」

ジョーンズ:「バレエをやめて医者になったんだね?」

エリザベス:「どうして分かるの?」

ジョーンズ:
「足だよ。東と西を向いててアヒル歩きだ」

「ひと目でダンサーだと分かる」

「今も踊るの?」

エリザベス:「東と西って?」

ジョーンズ:
「つま先が東と西に向いてるだろ?」

「バレリーナの足だ」

エリザベス:「ウソよ」

ジョーンズ:
「本当さ」

「そのバレリーナはどうなったんだい?」

エリザベス:
「あの頃は朝起きると体のどこかに変化があったわ...」

「誰かに引っ張れれているようだった」

「腕がヒザまで伸びたり、首が50センチの長さになって、『アダムス・ファミリー(おばけの一家』の一員になった気がしたわ」

ジョーンズ:
「その気持ち分かるよ」

「皆、苦しむ」

「『成長』する時にね」

エリザベス:「そうね」


ジョーンズはエリザベスの心にすーと入るのがとてもうまいんですね。

主治医と患者の境界線を心地よく越えていくんですね。

二人は浜辺を歩いています。

波が引くと海に近づき、打ち寄せると二人で手をつないで逃げます。

まるでデートのようです。

つい1時間前までは患者と医者でした。

エリザベスは裸足で歩き、ジョーンズはブーツを履いていました。

爽やかな波の音。

波が打ち寄せる度に子どものように無邪気に逃げる2人。

爽快に弾け飛ぶ波のしぶき。

素足で感じる砂浜の感触。

間違いなく二人は感覚の体験をしています。

清々しさと喜びの表情を見せます。

 

ジョーンズ:「くそっ!新しいブーツが濡れた」

 

その後、ジョーンズはエリザベスにオープンカーで送ってもらいます。

オープンカーがまるで新婚の家のように感じます。

 

ジョーンズ:「楽しいわが家だ」

エリザベス:「あなたは面白い人ね」

ジョーンズ:「平凡にしたい?」

エリザベス:「健康にしたいわ」

ジョーンズ:
「僕は健康さ。気分も最高だ」

「それを変えたいと思う?」

エリザベス:「でもそれは薬の影響よ」

ジョーンズ:
「化学物質か...」

「この世は化学の働きで成り立ってるんだぜ」

「愛も悲しみも苦しみも...」

「僕が触れると君は何かを感じる」

「君の背中に触れる...」

「体を前にかがめて頭を下げてくれる?」

「もう少し」

 

ジョーンズはコリをほぐしたのか、ツボをついたのか、エリザベスは痛さにびっくりしました。
 

ジョーンズ:
「ストレスだよ」

「観察力の問題さ」

「楽しかったよ」

「ありがとう」

 

ジョーンズは肌に触れることも化学だと言いたかったのだろうと思います。

身体や脳への作用の哲学。

薬を飲むことも、手で触れることも同じ作用が身体に伝わって、心地よく感じたり、不快に感じたり、手を伸ばそうと考えたり、散歩しようと思いついたり、すべての感情や行動に伝わっていく。

実際に双極症の人、精神疾患に苦しむ人にとって、服薬治療は切っても切り離せません。

一生の付き合いになる方もおられます。

多くの方が薬に抵抗があります。

薬に生かされている、本当の自分ではないと悲しむ人たちがいます。

これは服薬を苦にしている人たちへの福音ですね。

 

エリザベス:「ジョーンズさん、薬よ」

 

エリザベスはジョーンズにリチウム(気分安定薬)を渡しました。

ジョーンズはエリザベスが去ったあと、ゴミ箱に捨ててしまうのですね。

患者にとってこの躁の状態を手放すことがどうしても難しいのが分かります。

 

 



15.親友

 

あくる日、ジョーンズは問題を起こした工事現場に姿を現しました。

現場監督は彼を見るやいなや、戸を閉めて立ち入りを拒否します。

 

ジョーンズ:「道具を返してくれ」

現場監督:「とんだ迷惑をこうむったよ」

ジョーンズ:
「雇ってくれて感謝してるよ」

「もうあんなバカはしないからもう一度、お願いだ」

現場監督:「冗談じゃない。消えてくれ」

ジョーンズ:
「明日また来るよ」

「明日またゆっくり話そう」

「道具を返してくれ!」

 

ジョーンズにとって大工道具はとても大切なものだと分かります。

よく大工さんが腰に巻いて道具を収めるものです。

それをいつも離さずにジョーンズは持っています。

かつて、ジョーンズは音楽家になりたかったのだと思います。

それが病気や他の原因で絶たれた。

そんな失意のどん底でも、生活していかなければならない。

それが親しい人の代わりとしての大工道具なのではないかと思います。

大工道具だけは自分から離れない、唯一信用できるもの。

そんな悲しい存在としての大工道具がこの作品のメタファーではないかと思うのです。

躁状態(軽躁状態)ではどうしても他人に迷惑をかけてしまうのですね。

本人は躁病相が終わるとその「しでかし」にとても後悔して落ち込み、自分を責め、最後には「消えたく」なります。

意気消沈している中、ハワードがジョーンズに声をかけます。

厄介事と知りつつも、こうして近づいてくれる人たちもいるのですね。

そういった人はとても大切な温かい人ですね。

並外れた共感力が備わっているのだと思います。

 

ハワード:「やあ!元気かい?」

ジョーンズ:
「この通り、元気だよ」

「あのときはありがとう」

ハワード:「君の道具はおれの家にあるよ。取りにくるかい?」

 

ハワードの家は七人の子供たちがいるにぎやかな家庭でした。

ジョーンズは食事に招かれます。


 

ハワード:
「静かに!」

「今日はお前がお祈りをするんだよ」

ハワードの長女:
「今日の糧に感謝します。健康に恵まれ幸せな家庭と家族がある事に感謝します。」

 

たくさんの料理、にぎやかな家族、楽しげな夕食の風景です。

映画の制作者は「普通」の暮らしを観客に見せます。

 

 

 



16.うつの闇へ

 

眠気がジョーンズを襲い、段々と鬱状態の病相に入っていく様子を、ハワードが彼を驚きの目で見ているところでわかります。

ジョーンズはどんどんと悲しみの沼に入っていきます。

ジョーンズはハワードの息子の部屋に行き、話しかけます。

 

ジョーンズ:「やあ、何してるの」

ハワードの息子:「この問題、解ける?」

ジョーンズ:
「算数かい?」

「これは因数分解を使って解くんだよ」

 

ジョーンズは頭が働かなくなっていて、なかなか問題が解けないんですね。

うつ期には今まで興味を持っていたことでさえ、意欲を失います。

おっくう感、意欲低下、焦燥感、集中困難、思考制止、入眠困難、早朝覚醒、自責感が出てきます。

論理的思考ができなくなり、全く文字が読めなくなります。

ひどくなると、幻覚・幻聴、希死念慮、自殺企図が出てきます。

ジョーンズは頭を抱えて悩みます。

ハワードはジョーンズの様子を注視して見ていました。

次のシーンではそこが精神病院の中なのか、ジョーンズの幻覚・幻聴の心象風景が現れてきます。

建物の中を歩くジョーンズは部屋の扉を次々と開けていきます。

そこでは誰もがピアノやバイオリンなどを無言で無表情に演奏しています。

次のシーンで喧騒な街中を無言で歩くジョーンズがいました。

道の真ん中で立ち尽くすジョーンズ。

弱りきったジョーンズを見かねたハワードは病院に連絡します。

 

ハワード:「ジョーンズさんの担当医かい?」

エリザベス:「そうですが...」

ハワード:「彼の様子がおかしいんです」

 

エリザベスは彼の元にかけつけます。

夜の通りにスウェット姿で佇むジョーンズ。

 

エリザベス:「ジョーンズさん...」

ジョーンズ:
「悲しい...」

「悲しみが止まらない...」

 

ジョーンズは泣きながら、エリザベスの方に身体を寄せかけました。

エリザベスはジョーンズをいたわるようにハグします。

そのままジョーンズは力なく泣き崩れ、ヒザをついてしまいました。

彼はそのまま精神病院の閉鎖病棟に入院します。

だだっ広い浴室で職員が患者の身体を洗うんですね。

うつの患者の気分を持ち上げるために、職員は陽気な歌を歌いながら、身体を綺麗にします。

 

職員:「♫ 昔のおれはシャワーが大嫌い」

「♫ なのに今はシャワーが大好き」

「♫ シャワーを浴びると頭がスッキリ」

「♫ たちまち元気になっちまう」

「よければ、君も歌っていいんだぜ」

 

 

 



17.対話

 

ジョーンズはエリザベスと面談を開始します。
 

ジョーンズ:
「親父と喧嘩して母はすすり泣いてたんだ」

「僕も眠れなかった」

「親不孝者さ」

 

家庭環境のひどさが垣間見られます。

大抵の患者は家庭環境に問題があったりして、その強いストレスで発病します。

もちろん例外もあります。何かに熱中しすぎて、夜も眠らず活動し過ぎて発病する人などです。

対人関係のストレス、睡眠・生活リズムの乱れから発症します。

 

ジョーンズ:「録画をしてるのか?」

エリザベス:
「ええ、そうよ」

「嫌?」

ジョーンズ:「いいさ」

エリザベス:
「ジョーンズさん、あなたの問題は2つあるわ」

「薬で解決できる問題は薬に任せてちょうだい」

「もう一つはあなたが心に受けた傷よ」

「それを取り除くのは容易ではないわ」

「分かってくれる?」

「力を貸してちょうだい」

「約束してくれる?」

 

その精神病院では中庭に患者を集めて、カウンセラーが精神療法を行っています。
 

カウンセラー:
「今感じている感情を身体で表してみましょう」

「自分を解き放ち、心にあるものを吐き出してね。いいわね?」

「そうよ。吐き出すのよ」

「胸に溜まっているものを全部吐き出すのよ」

「ジョーンズさん。何を考えているの?」

 

ジョーンズは自分には必要ないと言う風に答えます。
 

ジョーンズ:「勃起さ」

 

アマンダは陽気に行動療法を行っています。

とても可愛らしい患者です。

ジョーンズはうつの影響で、何もやる気が起こらない日々が続きます。

エリザベスはジョーンズの心の中にあるトラウマを発病の原因とみなして探ろうとします。

 

エリザベス:「最初に問題を起こした日はいつ?」

ジョーンズ:
「それじゃあ、話してあげよう」

「最初に問題を起こした時の事をね」

「僕は不動産会社のモデル・ハウス現場で働いてたんだ」

「腕っぷしには自信があって、よく喧嘩したよ」

「それが知れ渡って誰も手を出そうとしなくなったよ」

「その頃、エレンという素敵な恋人がいたんだ」

「そのエレンが死んだ」

「それがきっかけだった」

「物を壊したり人を殴ったり、とっ捕まってブチ込まれた」

「独房の鉄格子に登って暴れたり、キングコングのように大声で吠えた」

「そういう事が続いて病院に送り込まれた」

エリザベス:「どこの病院なの?」

ジョーンズ:「ヒューストンさ」

エリザベス:「なぜウソをつくの?」

ジョーンズ:
「ウソなんかついていないよ」

「ウソじゃないよ」

エリザベス:「ユーストンでキングコング?」

 

ジョーンズはエリザベスになまりを指摘され、言い直します。
 

ジョーンズ:「ヒューストン」

エリザベス:
「ヒューストンよ」

「続きは明日にしましょう」

ジョーンズ:
「わかった、今話すよ」

「大学で...」

エリザベス:「大学で何が?」

ジョーンズ:「アスピリンを飲んだんだ」

エリザベス:「幾つなの?」

 

エリザベスはオーバードーズの心配をします。

オーバードーズとは睡眠薬などの市販薬などを大量に一気に飲み干す、危険な行為です。

オーバードーズをすると幻覚や精神の興奮状態によって、不安やストレスから解放してくれると言われています。

 このため、学校や職場等の人間関係の悩みや、家庭の悩みを抱えている若者が、手に入りやすい市販薬でオーバードーズをする事例が多くみられます。

 ただし、不安やストレスから解放してくれるといった効果は一時的なものです。

服用を続け、薬に依存してしまうと、自力ではやめられなくなることがあります。

 オーバードーズの影響で肝障害が起こったり、最悪の場合は心肺停止で死亡したりする場合もあります。

リストカットも自傷行為の一つです。

自分の身体に傷を付けると安心するんですね。

それは人体に痛みが加わったときに、心が耐えられるように脳内から麻薬のような心地よい物質が出てきます。

終わりのない不安感から一瞬だけ抜け出せるんですね。

頭を壁に打ちつけたり、身近では頭を掻いたりするのもこのような効果があるのかもしれません。

周りの人はどうしてこんなことをするんだろうと驚くはずです。

患者にとって、不安から逃れる唯一の手段なのですね。

もし親しい人がしているのを見つけたときには、決して責めずにいっしょに辛さを共感してあげて欲しいです。

本人だってバカなことをしている自覚はあるのです。

でもどうしてもやめられないんですね。

依存症の状態です。

 

ジョーンズ:
「タイレノールを73錠一度に飲んだ」

「若かったし、胃に食い物が...そして僕を友達が発見した」

「信じないだろうがそのおかげで完全に頭痛が消えたんだ」

「本当だよ」

エリザベス:「信じるわ」

 

 

 



18.見舞い

 

ハワードが閉鎖病棟にジョーンズを見舞いに来ました。
 

ハワード:「元気かい?」

ジョーンズ:
「ハワードなのかい?」

「ハワード、何してる?」

ハワード:「君に会いにきたんだ」

ジョーンズ:「君も入院かい?」

 

ジョーンズとハワードは大笑いしました。
 

ハワード:「元気そうだね」

ジョーンズ:
「まあ、なんとかね」

「あれから何ヶ月たった?」

ハワード:「一ヶ月さ」

ジョーンズ:
「もう一ヶ月?」

「驚いたな」

 

別の患者がハワードに話しかけてきました。
 

ハワード:「医者かと思ったよ...」

ジョーンズ:
「見分けが難しいんだ」

「あそこの3人を見て」

「あのうちの誰が患者だと思う?」

ハワード:「悲しげな顔の女性かな」

ジョーンズ:
「彼女が僕の担当医だよ」

「あの3人は?」

ハワード:「若い娘さんかな」

ジョーンズ:
「彼女は自殺未遂3回だ」

「あそこの太った女性も...」

 

ハワードはジョーンズを案じてネガティブな会話を止めさせました。

ぐっと来るいいシーンです。

 

ハワード:
「連中の話はあとでいいよ」

「君に会いにきたんだ」

「本当に会えてよかったよ」

 

二人はしっかりとハグし合いました。
 

ハワード:「退院はできるのかい?」

ジョーンズ:
「さあね、分からないよ」

「分からない...」

 

そして二人は頭をつき合わせます。
 

ハワード:「うちの電話番号だ。いつでも掛けてくれ」

ジョーンズ:「これは何なんだ?」

 

ハワードは電話番号を書いた100ドル札をジョーンズの胸のポケットに入れていました。
 

ハワード:
「話しても君はきっと信じないよ」

「昨日町を歩いていたら、突然空が開いて天から声が聞こえたんだ...」

 

ジョーンズは大笑いしました。
 

ハワード:「『これをミスター・ジョーンズに与えよ』と」

 

初めて出会ったときのお返しをハワードはジョーンズにしました。

 

 



19.去られるということ

 

建物の廊下で、エリザベスはある患者が一人、悲しげな表情をしているのを見つけます。
 

エリザベス:「どうしたのですか?」

 

話しかけても応答がありません。

どうやら何か悲しんでいるようです。

エリザベスはもっと近づきました。

 

エリザベス:「オルトマンさん、病室を抜け出してきたの?」

オルトマン:「女房が..」

エリザベス:「奥さんが何かあったの?」

オルトマン:「来なかったんだ...」

エリザベス:
「面会に来なかったのね?」

「そうなの?」

オルトマン:「女房が来なかった」

エリザベス:
「それはがっかりね」

「わかったわ。部屋に戻って奥さんに電話してみましょう」

 

オルトマンは涙を浮かべ、思い詰めて中庭をじっと見つめていました。

 

エリザベス:「オルトマンさん?」

 

エリザベスはオルトマンの背中に触れた瞬間、両腕を掴まれました。

エリザベスは逃げることが出来ない状態になります。

 

オルトマン:
「男をつくったんだ」

「きっとそうだ。男と寝てやがる」

エリザベス:
「戻って電話をしましょう」

「いいわね?」

 

オルトマンはエリザベスに平手打ちをします。

オルトマンはもう誰が誰だか分からない状態に混乱していました。

その様子を中庭の向こうからジョーンズが見ていました。

オルトマンはエリザベスの首をつかみ、絞めはじめました。

ジョーンズはドアを蹴破り、エリザベスを全速力で助けに行きます。

エリザベスは涙を浮かべながら、すでに意識がもうろうとしていました。

かけつけたジョーンズはオルトマンを止めさせました。

 

ジョーンズ:「アーニー!聞けよ。話がある!いい気分かい?」

 

オルトマンはエリザベスの首を離しました。
 

ジョーンズ:
「かみさんじゃない、先生だぞ」

「次の面会には必ず来るよ」

「気分はよくなったか?」

オルトマン:「女房はどこだ?」

 

警備が駆けつけました。

警備員は近くに居たジョーンズを間違えて取り押さえます。

 

ジョーンズ:「こっちだよ」

エリザベス:「その人じゃないのよ」

 

精神障がい者の方々は病気と闘うと同時に、親しい人が離れていく不安や孤独とも闘っています。

それはなによりも辛いことです。

生きることの希望と呼べる人たちが離れていくわけですから。

病気と闘っているのは本人だけではありません。

それは家族や親しい人も戦っています。

カサンドラ症候群という言葉があります。

主に発達障害の人とのコミュニケーションの疲れから、近親者がやがてうつ病になる現象です。

発達障害にかぎらず、アルコール依存症や認知症、その他の精神疾患にも当てはまると思います。

近親者たちは患者の問題を自分の問題として、四六時中悩んでしまうんですね。

そしてやがて親近者は心を病んでしまいます。

これは誰も責めることができません。

一人で悩まず、たくさんの人の力を借りて立ち向かうことが大切だと思います。

 

 

 

~PART3へ続く