シルバーウィーク始まりの土日は、

生野学園の親会だった。





今回の親会までに、


地区会だの中学だけの飲み会だのがあり、

いくらか顔馴染みになった分、

通算3度目の親会で、

流れもわかり、

こなれた感とともに、

話も弾む。




連休が続くということもあり、

親会後の子供の送り出しなど、

予定を気にしなくてよくて、

結局土曜の夜は、

ゆっくり朝方4時あたりまで話していた。











登校拒否を起こして生野に来るってことは、

子供だけの問題ではない。


それがますます浮き彫りになる。


と同時に、


生野に避難している間はいいが、

生野を高校まで出て卒業した後のこと、

考えないではいられない......




そんな親たちの声が聞こえてくる親会だった。








かくいう私も、
まだ息子は中学一年だが、

すでに高校が終わった後のこと、

生野に居られる間に彼の生きる道を見つけられるのか、

気になる今日この頃.....






.....でも、

誰にもその答えはわからない.....






ただ、

子供と一緒に模索しながら、

彼らの可能性や生きる力を信じ、

親はひたすら耐えて待つしかない。




って、

これは子育てに限らず、

どんな世界でも
どんな仕事でも
誰を育てるとしても


同じだけどね.....










生野の親会の面白いところは、



どんなに飲んで酔っ払っても、

真剣に生きる一人の人間であるからこその、

父親として、
母親としてのそれぞれの深い思いを語り続けるというところ.....


そして、

お互いに生きることへの思いを吐き出し

受け止め合う.....





時間を共有すること、

形や理由は違っても、

親として、
人として、

同じく悩み苦しむ努力を重ねていること.....

一人じゃないという安堵感......








それぞれに子供との関わりで自分自身を知り、
学び、
切磋琢磨、努力を重ねていくという

普通の社会人としての顔とは全く正反対の、

なかなか素直に人には見せられない

生の自分をさらけ出す。






というか、

それが許されるところ.....






だって、


この私が、


生身の自分で居られる。


はりめぐらすバリヤも取り払われ、


私みたいな不思議ちゃんの、

へーんな思考も受け入れられる....


それはそれは不思議な瞬間だ。




甚だしく深く傷ついた心を持つからなのか....




経験してきたことから出来ている私を、

恥じることも、

隠すことも、

構えることも必要なく


そのままの私で居させてくれる........









今回は、


親子間でのいろんな出来事で
子供が傷つき、

今は生野で笑っている.....



そんな環境にいる親子の話を

いくつか聞いた。


誰にも何も、

元気付ける言葉さえ見つからない。

究極の、

目の前の状況を受け入れるのみ....




自分と子供を信じるのみ......















うちの息子はADHDだから、

彼の個性を伸ばすことさえできれば

私たち親子は安泰。




生野のおかげで、

息子も荒れることもなく、

平和に虫たちとの関わりを深めている。

彼の生きる道標は虫。

後は、

徐々に思春期を過ごすうちに、

素直に遠慮なく反応をくれる同じ生野の仲間たちのおかげで、

他人とのコミュニケーションの取り方にも気づいていくことだろう。





だが、

そんな息子とは反対に、

人として、

生々しい血肉ほとばしる感情を向けられ、

それを自分の中で処理できず、

失われていく自分に戸惑い、

やっとの思いで自分を探す子供たちに、

してあげられることは

あるんだろうか......






ふと、

そんな思いとともに

親会を後にした.....