ほら、今日もちらほらと雨が降る。
天候は自分の思い通りにはいかない。

晴れてほしい時、雨が降ることもあるし、
雨が降って中止になってもらいたいイベント
(小学校の時のマラソン大会など。笑)
に、晴れてしまうこともある。
特に、晴れてほしい時に、雨が降ることがあって、
東京ディズニーランドに行く前の日とか、
てるてる坊主を作っていた思い出があります。

私は、天気を許せるようになったとき、
自分、そして、周りの人たちの、
心変わりを、心から許せるようになりました。
天気を許すって、
ものすごくおこがましい表現かもしれないけれど、
要はこういう事。
「全ては起こるべくして、起こってる」

植物にとって、雨は恵み。
雨が降ると、植物は喜ぶ。
私は、傘をさしている時、
植物の喜ぶ声が聴こえてくる気がします。
通勤電車や駅前の交差点で、
「ちぇっ」という人たちの不満の声を沢山聴くけれど、
私達が何より必要な植物、お野菜、
お花、色んなものたちが、
それによって潤ってる。元気になってる。
そう思うと、
なんて私は自分よがりで、
自分の事しか考えないで生きていたんだろうって、
反省材料にもなるんです。


そしてね、飛行機に乗ると、更にこう思うの。

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下は嵐でも、雲の上を抜けると、
必ず、そこに太陽がある。

この確信を得たのは、よく海外出張をするようになってから。
日本は大荒れの天気。
それでも、雲を抜けると、そこに必ず太陽がある。
そして、真昼の月がある。
その存在を感じられるだけで、
いいんじゃないのかなって思えるようになった。

そしたら、人の気がすぐに変わる事にも、
自分の気が変わる事にも、
ものすごく、柔軟に対応できるようになったわけ。

今までだったら、
さっきまで、こういってたじゃん、
なんか、裏切られた感じ。
ひどい。。。
とかなんとか思っていたかもしれません。
でも、人間のキモチもお天気。

天気を許せると、人のキモチも許せる。
だから、そこに何の固執も生まれない。

そう思うと、
だって、人のキモチも、
変わって当然なんだ。だって、生きているんだから。
生きてなかったら、流れがなかったら、
何も変わらないよね。そこに面白味も何も生まれない。

そして私は、更なる事に気づいたの、
この変化に柔軟に対応してくれる人こそ、
本当に、自分がこれから付き合っていける人なんだなってこと。

天気のせいにする人は、
結局、何でも外部環境のせいにする。
自分の中に原因、結果を求められない。
だって、その方が楽だから。
前の私もそうだった。
会社のせい、上司のせい、はたまた、政治のせい、
外部情勢のせい。
でも、本当はそうなの?
結局は、自分のなかにしか答えはないのにね。

だから、天気を許してくれる人には、
転機が速やかに訪れます。
これは、宇宙の絶対的な法則。
どうなってもいいよ、受け入れるよ、
本当の優しさ、強さはこういうところにあるんですよね。

天気から、私達、人間が学べることって、
こういうことなんじゃないかな。
ひたすら、謙虚になれる事。
ひたすら、感謝のキモチを持てる事。
だから、浄化の雨はもっと有り難い。
植物にとっては恵みの雨、
私たちにとっては、浄化、全てを洗い流してくれる雨。

さてさて、明日の満月ヨガはどうなるか!
多少の雨でも、決行しようかな。
そんな気持ちが生まれています。

参加者の皆様には、17時にきちんとご連絡を、
させて頂きますからね~
どっちに転んでも、今の自分に必要なものだったと思って、
手放す気持ちで来ていただけたらと思います。

私も、今夜は祈るのみ!
てるてる坊主さん、よろしくね~