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昨日朝のワイドショーで、ちょっとショックな、事件を報道していました。
どこか、地方都市のある神社で、ご神木が切り倒されたのです。
神社境内の樹齢1000年位のご神木と、数本の古い樹が業者によって切られました。
もともとは、神社の隣の土地を、ある地元住宅業者が購入し、その土地にはみ出している、神社の樹の枝を切るという話だったそうです。
それが、何かの手違い、勘違いで、ご神木を含む何本かの神社の樹が切り倒されてしまったのです。
そして、その住宅業者は、「許可を取ったはず。樹齢150年の樹を手配しているので、それで弁償したい」とコメントをしていた。
迷信といえば、迷信なのかもしれない。
ただ、神を信じ、神木として古い樹木を信仰していたひとたちに、他の樹では、かわりにするわけにはいかない。
物質的価値観でいえば、古ぼけた樹であり、材木としても価値がないのかもしれない。
でも、それを信仰の一部にしている人達には、替わりの効かない唯一の存在だったはず。
神木や、1000年の古木には、多分なんらかのしるし・・・・立て看板や、しめ縄など・・・があったはずです。
ためらい無く、それらに手をかける業者も・・・・日本人なんですよね~~
年末に、どこかの地方の神社の敷地内で、松が数本切り倒され盗まれたという事件を見ました。
どうやら、門松用に切ったらしいのですが・・・・
人の、しかも神社の松を無断で盗んで作った門松で、幸せが来るはずはないですよね。
なんだか、心寂しいというか、やるせない気持ちになったのは、私も、古い人間なんでしょうか?