3 / 8 付けのブログに書いたとおり、そうじを始めた。
あんまり根をつめて、具合が悪くなってはいけないので(?)
一日にやる範囲を決めて、ちょっとづつ・・・
そうじをしながら、前後の脈絡なく、突然思った。
「わかる って、こういう事なんだ」
その時私は、燃えるゴミ ビニールゴミ 不燃ゴミ 3種類のゴミ袋を並べ、ゴミをどんどん捨てていた。
「わかるって事は、分けるってことだよ」と前に教えてもらった。
そう、分けるのだ!
見たこと・聞いたこと・習ったことを、自分の頭の中で、
このゴミのように分けることが、「わかる」って事
ってことは、
「わからない」ということは、「分けることができない」ってこと。
①自分の頭の中に分別する概念(器)がない か、
②そもそも、分け方を知らない か、 どれに分類したらいいか判断できない
このどちらかなのではないか?
ゴミ分別にたとえると、
①分別するゴミ袋がない
②ゴミ分別を知らない か ビニールゴミか、燃えるゴミか判断できない
「わからない」解消法として考えついたのが、
①は、知識を得るか経験を積む
②は、分け方を知っている人に、いくつか実践で教えてもらう。
「わかるわかる、その気持ち」という時、自分の似たような経験を思い浮かべている。
「わかんないなー、その考え方」という時、自分に同じ考え方(概念)がない。
「数学がわからない」というコは、公式や、当てはめ方がわからない。
数学をわかる為には、答えを見るのではなく、教わりながら、問題を公式に当てはめて、自分で解く。(体験する)
前に「わかるという事は、分けるということ」と聞いた時は、頭でわかった。
ゴミ分別を体験して、それが、自分の中で納得した。
教えてもらえるのは、知識だけ。
体験して、はじめて、本当の「わかる」になるんだなー
(知識がないと分別は難しい)
なんて・・・
そうじをしながら、全然関係ない事を考えていた私でした。
あくまで、掃除中に思いついた、私の仮説ですが・・・