遅ればせながら、「男たちの大和」見てきました。


平日昼間だったので、観客はほとんどシニア世代。

戦争を身近に体験されたであろう人々。

あちこちですすり泣きが聞こえた。


私の感じたものと違い、自らの体験に基づくすすり泣きなのだろう。



年端もいかない若者が、一国を背負って戦いに行く。

死と向き合ったあの時代、  生きる意味や価値


自らの責任、使命感、誇り・・を身近に真剣に考えざるを得なかった。


彼らの倍以上の年月を生きても、彼らほどの重みをもってそのようなことを考えたことはない。



あの時代の人たちが強烈に「平和」を願い、そのおかげで、今、我々は平和を謳歌している


不況だの下流社会だのいっても、「平和」であることのありがたさを改めて感じた。


戦争を通じて先人の遺してくれた平和、その後の世代が築いた繁栄。

これから我々は、これらの遺産を礎に何を築くのだろう?




ライブドアショックが巷を騒がせている。

つい先日まで、若い世代のあこがれであり、各界からも

次代を築くと期待されていた人が、罪に問われようとしている。



戦前・戦後を体験したシニア世代の人たちの目に、平和を謳歌する今の我々の生き方はどう映るんだろう?


今、「共通の目指したい理想」がないような気がする。


戦争のときなら「平和」 貧しいときなら「豊かさ」を総力をあげてもとめてきた。


それらは、いわば、本能の求めといえる。


本能の欲求をすでに手に入れてしまった今、次の欲求を目指すのは困難だろう。


マズローのいう、「自己実現の欲求」にあたるのではないか?


昨今の停滞感は、「新たなる共有できる強烈な理想像が見当たらない」ことによるのではないか。




いろんなことを考えるきっかけになる映画だった。