語り部アロマが紡ぐ

「旅行」聞いていかれませんか。

 

2024年春 日本 高原のグランピングテントの中

 

チチッ。チュン。チュチュン。

「ふわぁ~。鳥の鳴き声が目覚まし代わりなんてめっちゃステキ。夕べは小さな星がすごくたくさん瞬いているのが見れてロマンティックな夜だったし、すっごい贅沢だ」

張りのあるシーツに埋もれながら、白に負けない輝きを放つ肌の両腕を頭上にあげて思いっきり伸びをするジェジュン。

しなやかに反る細腰に腕を回して、ぐっと引き寄せるユノの手はためらいもなくジェジュンの素肌をまさぐります。

「んー。もうちょっと寝よ。ジェジュン」

「寝よって?この手は何なのかな。ユノ」

「えっ。それ聞いちゃう?可愛いジェジュンに火をつけてるのさ。ねっ」

甘く優しく見つめてきて、クッと口角を上げるユノ。男の色気が駄々洩れです。

 

「ねっじゃない。開園前の花畑独り占めタイムを楽しむんだから。起きる!よっ」

腹筋で跳ね起き、ユノのたくましい腕を振り払います。素早くシャツをはおり、ベッドに横たわるユノの頬を白い指でそっと撫でて、ふんわり表情を緩め花のような唇を艶めかせます。

「起きて。ゆのぅ。ユノと腕組んで花が見たいなぁ」

「白昼堂々、外で腕を組める・・・いいな。それ。よし!起きるぞ」

がばっと起きて、引き締まった裸体を惜しげもなく晒し服を取りに歩くユノ。

「切り替えが素早い。いつ見ても良い男だね。ユノ」

 

うすく朝霧がかかる花畑を、帽子を目深に被ったユノとジェジュンは宣言通り腕を組んで広い園内を歩いていきます。5月初旬の平日、テント宿泊者だけがはるか遠くにいるだけです。

 

樹木を見上げれば、朝陽に新緑が透けてペリドット色に輝きます。一面に咲き誇るポピーやディジー。特にネモフィラは空の青さと、地上の花青が相乗効果を生み出し優しい蒼い世界が広がっていました。

 

ネモフィラの丘にふたりっきりでしばし佇みます。

「なんてキレイ!僕、やっぱり花が好きだなぁ。制作中のアルバムタイトルは『フラワーガーデン』なんだよ。うふん。本物だぁ」

大きな目をキラキラさせて笑うジェジュンを見つめるユノ。

「俺は花よりも華やぐジェジュンのほうがキレイだと思うぞ。ジェジュンが大好きだ」

スンとすました顔でテレもせず話すユノに、ジェジュンは頬を染めます。

「そういうことを外でさらっと言わないでよ。ドキドキするでしょ」

「アッハッハ。仕事じゃなくプライベートの旅行だからな。いつもより開放的になっているかも」

「うふん。旅行、お忍びで来れちゃうもんだね。今の日本は観光客が多くて、サングラスにマスクと帽子つけたら芸能人でも全然バレない。ありがたいなぁ」

「おう。この解放感、楽しもうぜ」

 

花公園前に予約していたワンボックスカーのハイヤーが待っていました。

「キム様こちらです!」

手を挙げて運転手さんが呼んでくれます。

「さあ、お乗りください。今入ってきたバスは韓国のお客さんを乗せているようです。降りてくる前に!」

「ありがとう!よろしくお願いします」

素早く車内に入ります。外からみたら真っ黒なスモークガラスは車内からは風景がクリアに見えます。

「VIP仕様でございます。収穫したばかりのイチゴとスイカ、白川水源のナチュラルウォーターのサービスもありますよ。今から大観峰にご案内します。しばし阿蘇の景色をお楽しみください」

「イチゴ!新鮮なイチゴだって!やった!めっちゃ嬉しい」

ユノさん、大喜びです。皿に載せられているカットされたスイカをピックで口に入れるジェジュン。

「スイカって夏の食べ物だと思ってた。味が濃くて甘味が強い。ミネラルたっぷりって感じだ。うっま」

「熊本には植木というスイカの名産地があるのです。4月から8月頃までがシーズンですね。水がきれいな熊本の野菜は特別に美味しいんですよ」

ドアが閉められ運転手はアクリル板で遮蔽されている運転席に移動します。お客様の会話は聞こえない構造のようです。

 

滑るように走り出す車窓には、阿蘇の広大な新緑の草原が陽光を浴びてくっきりとその姿を誇っています。放牧された牛の姿も見えました。

「キレイ。きれいって言葉しか出てこないよ。お天気が良くて最高の眺めだね。あっ、牛だ。自由に草を食んでるねぇ。夕べのバーベキューの肉って・・あれのお仲間かしら」

「ジェジュ。イチゴがめちゃうまっ。ミネラルウォーターなんて口に含んだら粘膜に沁み込んで飲み下す前になくなりそうだぞ。なんだ、これ」

「あっは。ユノったら。日本の食品は美味しいからつい食べ過ぎちゃって体重管理が大変になるよね。わっ!この水、沁み込むようで体が喜んでいる気がするねっ」

お互いにあーんと食べさせあったり、景色を眺めたり、ふたりのための空間を愉しみます。

 

停車し、ガチャンとドアが開きます。

「さあ、大観峰です。ここから阿蘇の火口をご覧になれます」

帽子とサングラスをつけ車外に降り立ちます。

「うわあ。すごい。眼下に街がある。鳥になって空の上から眺めているみたいだ」

「周囲の山々は阿蘇山の火口だってよ。街が火山口に収まっているって、どんだけデカい山なんだって話だよな」

「噴火口に街がある?え、怖くない?噴火したりしないの?」

ふたりで携帯を操作して検索してみます。

「大丈夫じゃないのか。ネットで見ると9万年前にできたカルデラ大地だってさ。でも、あそこから煙が出ているよーな」

「噴煙が出てるのは中岳だって。活火山って書いてあるよっ!ゆの」

「大丈夫だよ。観光地なんだから。危なかったら観光客は来られないはずだろ」

「そっか。そうだね」

 

「キム様。そろそろ昼食のレストランに参りましょう。予定通りお連れ様方と合流できると会社から連絡が入りました」

「よっしゃ!」

運転手さんの言葉に大きくジャンプして喜ぶユンジェ。

 

リゾートホテルのレストラン「メテオ」

全面に木があしらわれた茶色く広い空間は温かみがあり、給仕の人の礼儀正しさから格式のあるレストランだと感じられました。

パテーションで区切られたテーブルに案内されます。

「うきゃん。ひさしぶり!ユノ。ジェジュン。相変わらず仲がいいねえ」

「はーい。呼び出す所が日本とか。俺も来たかったから気が利いているというか、なんにせよ、ありがとね」

「おん。私たちを待たせるとは。いい度胸ですね」

着席しているユチョンとチャンミンの手元にはすでにビールが。ジュンスはワイングラスに入ったミネラルウォーターです。

「おまたせ。阿蘇の自然を堪能してきたんだ。みんなも見たでしょ。めっちゃきれいな新緑の世界」

「おう。プライベート旅行がこんなにワクワクするとは思わなかったぞ。海外旅行なんて仕事で何度も行っているはずなのになぁ。あっはっは」

「ジュンス!金髪だ。顔付きもシュッとしててカッコいいね」

「うはん。ライブやったばっかりなんだ!ダンスもバッチリできた!」

 「さすがカリスマ。昔は聞き流していましたが、この頃本当にジュンスはカリスマだと実感していますよ」

「うははん。チャンミンに褒められた。・・明日は嵐かな」


五人が揃って着席したところでオードブルが運ばれてきました。九重産の色とりどりの野菜サラダ、濃厚な味のパテ、ミニトマトの甘煮の3種盛りです。ジェジュンとユノはワインを頼みました。空になった皿が引かれ、すぐにトウモロコシの冷製スープが運ばれます。パン皿にスライスされたバケットが置かれ、少なくなった水は速やかに注ぎ足されます。

「うははん。パンあったかいし、おいしいね」

そしてメインディッシュのおおいた和牛フィレ肉ステーキの脇には、バターが溶けかかったポテト、甘く煮た人参、軽くローストされたアスパラ、ヤングコーン、トマト、ししとうが色鮮やかに積み上げられています。

「おうっ。ロースじゃなくフィレ肉なのが嬉しいねえ。おいら食べたら素直に太るから制限が大変なのよ~」

「ゆちょんは、実はゴム人間なんじゃないの?痩せたり太ったり変幻自在じゃん」

「もはや芸能人ではないと言われていると分かっていますか?ユチョン」

「はい。反省してます。自己管理ちゃんとやります。くすん」

 

デザートと珈琲が提供されます。

「美味しかったし、給仕してくれる人の心配りが秀逸で気持ち良く食べられたねっ」

「おお。うまかった」

 

「この後がメインイベントのドラムタオの野外ステージだよ。日本の友人がこっそり来られるなら絶対見た方が良いって太鼓判押していたから、みんなのスケジュールをチェックして今日で予定を組んだんだ。14時からの公演だって。早めに行こうか」

 

「じゃあ俺達のワンボックスカーに集合な」

「運転手さんが手招きしてくれるから、分かるよ」

それぞれバラバラにレストランから出て、車に乗り込み移動します。

 

野外劇場 TAOの丘

千年前から毎春行われる野焼きの効果で若緑色の草原が稜線をなめらかに辿る景色が拡がる。野外舞台の背景は雄大な阿蘇の五岳のみ。人工物が目に入らないシンプルな板張りの舞台は演者だけが彩りを魅せる、まさに天空の舞台です。

 

丘に建つ白い建物の中で、人目を避けるため早めにチケットを手に入れた5人。まだ館内に人はほとんどいません。

「開演15分前にならないと席には行けないようですね」

「2階になんか展示物があるって。行って見よ。ジェジュン」

「うん!ジュンス」

「おいらたちもいこっか」

「おう」

「ええ」

 

立ち並ぶトルソーが纏うのは華やかな舞台衣装の数々でした。

ジェジュンが目をキラキラさせて見て回ります。

「デザイナー・コシノジュンコが手掛けた衣装だって。華やかだけど、和風?着物風?なんかきりっとしていてめっちゃくちゃかっこいい」

ユノがジェジュンの後をついて歩きます。

「重厚感がある衣装だが、アーム周りは動きやすそうだ。素材も軽い」

 

ユスは首をかしげています。

「和太鼓演奏だよね。これほどの衣装がこんなに要るの?これじゃあミュージカルだよ」

「おいら、太鼓は上裸でハチマキ締めて叩いているイメージしかないんだけど~」

「ユチョーン。そのイメージとは違うんだって。感動するって聞いたよ」

「そっか。じゃあ、期待してみようかな~」

「世界に進出して公演するレベルなのでしょう。楽しみです」

 

階下からざわざわと観光客の声が聞こえてきました。

「開演前までテラスに避難しようか」

ルーフトップテラス

床板だけが景色の空間を切り取る開放的な、言い換えれば無防備な空間にテーブルと椅子だけがあります。

「うははん。はじっこ行くと山から落ちそう」

「空が広い、空しかない。めっちゃくちゃいい天気!目に入る景色が美しい!いや、空にこんなに感動できるなんて、ちょっとすごいかも~」

「ホントだね。旅先の風景ってキレイに見えるものだけど、ここのはなんかスゴイ。特別感があるねー。うはん」


「UVカットの帽子とパーカー、サングラスとマスクが必須ってホントだったね。顔隠すためじゃなくて紫外線から肌を守んなきゃだよ」

「ジェジュンは日に焼けるとヤケドみたいになって大変だからな。ちゃんとジッパー上げて守っておけ」

「あ、10分前です。行きましょう」

 

白い建物から出ても目の前に舞台は見当たりません。

「ん?どこに進めばいいんだ?」

「あそこにスタッフの人が立ってる。チケットを確認するみたい」

緑の草原の端まで歩いていくと、遠く阿蘇の五岳が見渡せます。

立っている場より低い位置に扇形のすり鉢状に下る客席があり、一番下に木の舞台が見えました。

「席は2列目か。席と席の間は一人分空けてあるんだ。へえ、ゆったり見られるね」

「俺達が最後っぽいから、最前列には客を入れないんだな。おおっ。舞台を独り占めしている気分だ」

「舞台、何もないよ。照明もマイクも幕もない。太鼓すらないよ~?」

 

14時になり開演のアナウンスが入ります。

舞台両脇の小屋から大きな太鼓が2台引き出され舞台中央に並びます。

太鼓を運んできた黒い服の人達は小屋に下がり、

代わりに白い袖なしの着物風衣装に重厚な朱赤の紐を数本組み紐のように飾られた帯を纏った女性がバチを手に厳かに歩いてきます。

左右から歩み寄った二人の女性がそれぞれの太鼓を前にバチを構えます。

ヒュッ

息吹を合図に同時に叩き響き渡る太鼓の振動

屋根も囲いもなく、阿蘇の自然に鳴り渡る波動を正面から受けとる人間も振動します。

女性であるにも関わらず力強いバチさばき。思わず見惚れてしまいます。

 

太鼓の大きな音がカモフラージュになるのか、数人の男性演者が黒と銀の衣装を纏い、静かに舞台上に数個の太鼓を配置しバチを構えます。

 

揃ったところで、女性の息吹を合図に一斉に太鼓を打ち鳴らします。

大太鼓の上に跨がって、ながいバチで演奏したり、ベルトで腰に太鼓をくくりつけ袴のような衣装を大きく翻し、相互に移動しながら演奏したり、舞台袖の小屋に引っ込み再度登場するときには衣装を変えてきます。12名程の演者が入れ替わり、立ち代わり太鼓の演奏を披露します。

太鼓を伴奏として、袴を外し動きやすい衣装の男性演者が銀色の長い棒を持って、タンと床に打ち付けたり、大きく車輪のように回したり棒術の舞を魅せることもありました。

女性は衣装を変えて登場し横笛を吹きます。口元にマイクがあり音色は明瞭に会場に響き渡ります。遠く天に届けと言わんばかりに。音色が止まり、笛に添えていた両手を一つにまとめてから口元から降ろす仕草がとても美しく儀礼的でした。

 

後半になると客席にも拍手の合いの手を求めてきて演者と観客との一体感も楽しめました。次が最後の演奏になりますと説明されて初めて45分の公演時間が過ぎ去ろうとしていることに気が付きました。隣と話すには遠すぎる距離が、ひとり舞台に集中できたようです。

 

ワンボックスカーで帰路につく5人。

「うはん。良かったねー。太鼓の演奏もすごかったけど、衣装が素敵で、何より絵になる舞台だった。写真撮影禁止なのが残念に感じるくらい、どこを撮っても美しかった。雄大な自然が背景の天空の舞台ってフレーズは伊達じゃないね。まさに天界の神に奉納しているかのような和の舞台だったなあ」

「うん。神秘的でステキだった。異世界みたいだったね。僕もあの舞台で歌ってみたいな。どんだけ派手な衣装着ても様になりそうだよね」

 

「ジュンスは舞台から落ちるからダメだよ~ん。手すり無かったぞ」

「ユチョンは45分も体力が持たないね。途中で息切れして小屋から出て来なくなるな。うはん」

「ああ、想像できますね。標高1000mのうすい酸素じゃあ、まずムリでしょう」

「言い返せないのがくやしい。くすん」

 

「演者が本気で全力でやっている感がよかったな。強い日差しに負けずに舞って演奏して観客を魅了していて。俺達も11月からの日本のライブ頑張んなきゃだな。チャンミン」

「げっ。さらに頑張れと?あなたみたいな体力お化けと一緒に動かされる身になってくださいよ。私は要領よくやりたいです!」

「本気でやるから感動するんだよ。チャンミン。手を抜いちゃダメだよ」

「ジェジュン。あなた。ユノと一緒にステージに立ってごらんなさい。全く。私の苦労を思い知らせてやりたい」

「チャンミンは俺より2つも若いんだから頑張れ。なっ」

「ユノは見た目が若返っているじゃないですか。あなたバケモノでしょ」

「うふん。僕もそう思う!ユノはいくつになってもステキだよ」

「ジェジュァ。可愛いジェジュンがそばに居てくれるからだよ」

「ゆのぅ」

(((相も変わらず万年新婚夫婦かよ!)))

 

 

試練を乗り越え、大舞台に響きわたる煌めく5人の神のハーモニーが聞ける日を

心待ちにしているファンがいることを確認し合える6月10日

大切なこの日に、我らの願いよ。

世界に届け。

 

Fin.

 

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