あめ細工の歴史について~その4~ | あめ細工でつくる猫☆日本の伝統あめ細工師見習いnanaco

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日本の伝統の技あめ細工を見習い中です。
12匹の猫と暮らしていた程猫好きなので、色んな種類・ポーズ・表情の猫さんを得意分野にするべく修行に励んでおります。夏頃にデビューする予定です☆あめ細工は見て楽しく食べておいしいです♪ぜひ寄っていって下さい☆

こんにちは、あめ細工師見習いnanacoです☆


なにやら長くなってしまったあめ細工の歴史。

今回で終わりになります。

江戸時代編です。

江戸時代に入り砂糖が一部で使われるようになってくると、

水飴にこれらを加えた加工飴が製造されるようになりました。

求肥飴、翁飴(おきなあめ)、有平糖(あるへいとう)などが有名です。

ちなみに、翁飴ってなんだろう?

と思い検索してみたら、四角く透きとおったゆべしのような画像を発見。

製造しているホームページをのぞいてみたところ

味は淡泊ながら滋養に富み、

餅のようにやわらかなゼリー状の透明な淡黄色で、

一種独特な風味とほどよい甘さがあり口の中でとろりと溶けます。

とありました。

秋田の「桔梗屋」というお店です。

どんな味なのか気になりますが、ちょっと遠いな。



話が若干ズレましたが。

現在のベッコウ飴などのいわゆるあめ玉の直接の原型は

この有平糖にあたるそうです。

何故こんな名前なのかというと、

ポルトガル語のALFELOR(アルフェロア)が訛ったものだそうです。

この言葉の意味は砂糖。

有平糖は安土桃山時代に伝わった南蛮菓子のひとつで

「阿留平糖」という当て字が使われていたそうです。

江戸時代に砂糖が多く出回るようになり、

現在のような美しい意匠のものに変ったということです。

八代将軍吉宗公の時代、江戸城中でも有平糖がもてはやされていたようです。

作り手は「献上菓子御受納」を拝命し、

なんと羽織り袴に帯刀まで許されたという扱い。

さらに、お城への登城もほかの商人らがつかう通用門ではなく

表玄関から堂々と通行できるという

商人としては破格の待遇をうけたそうです。

一介の菓子職人にとっては最高の名誉だったのでしょうね。



しかし今のような動物のモチーフをつくったりというあめ細工

の発展には庶民の子供たちの影響が強いのではないかと思います。

当時、庶民のための甘味は限られており、

そのなかで飴は特に庶民の子供たちに人気がありました。

飴売りは最大顧客が子供であるため

奇抜な衣装を着たり、奇妙な歌を歌って客寄せに努めました。

これとはべつに、練って白くした飴を葦の先端に付け、

空気を吹きこんで膨らませながら細工をする飴細工屋も登場しました。

これは、享和元年(1801)に関西ではじめられ、その後に関東に伝わったとされています。

当時の飴細工はもっぱら鳥のかたちをつくっていたようです。




現在の日本のあめ細工は、

お祭りや縁日でおこなわれる屋台の一店舗などで賑わいを見せています。

結婚式の引出物や、大切なひとへのプレゼントに

あめ細工が送られることもあるようですね。

私も特別なあめ細工を注文される腕前をめざして!

毎日の修行に励みたいと思います。


ではでは、ここまで読んで頂いてありがとうございます♪