自分と母親との関係は、どんなものだったか。
ほかの人との比較はできないから、それがよいものだったのか、そうではなかったのかはわからない。
だが妹や弟とくらべて、とくに大きな違いがあるとは思っていなかった。
今でもそう思う。
でも深く愛されたとか、逆にひどく叱られたとか、そういう思いはなかった。
悪いことをすれば叱られたが、それは当然だと思っていた。
いることが当たり前で、空気のような存在。
子供である自分に対して、生活のサポートをしてくれて当然の存在。
でも同時に、その愛情?を妹にとられまいと、必死だったのかもしれない。
あたりまえの存在なのに、それをなぜ愛情だと思っていたのか。
いい成績をとって喜ばせようとか、生徒会委員や学級委員などになってほめられようとか。
なぜそんなことに必死になっていたのかわからない。
親に見捨てられるのが怖かったのかもしれない
見捨てられたらどうなるのか。
要は自分一人になるのが怖かったのか。
親に認められることでしか、自分の存在を保てなかったのか。
そんな弱さがあったのだろう。
ほんとうの自分は弱かった。
いずれにせよ、そうならないために自分を繕い、
うそをつき、本当の自分ではない自分を作り上げてきた。
弱い自分を隠すために。
その過程でうそがばれそうにばると、さらにうそをつき、自分を固めてきた。
やがて、うそをついてもバレなければいい、という気持ちになっていったんだろう。
それはおおかたうまくいった。
でもバレることもあった。
しかしそれもまたうそで乗り切ることができた。
だからまたうそをついた。
それは家庭でも、学校でも、会社でも同様だった。
自分はそういう人生を歩んできた。
その事実は変えられない。
人のことを思いやるのではなく、いつも自分のことを第一に考えて生きてきた。
思いやることがなくても、友達はできた。
でも離れていった人も多かった。
うそをついても罪悪感がないのは、それが当たり前になっていたからだ。
バレないし、怒られないし、もしもバレたら、それから離れてしまえばいい。
逃げてしまえばいい。
うそだらけの人生から抜けだしたい。
このブログが助けになるかもしれない。