とんでもないことをしてしまった。

 

妻とは恋愛結婚だ。妻が24歳、自分が25歳のときに結婚した。

今の平均と比べると早い結婚だった気もするが、当時はそのくらいが平均だった。

自分の友達も次々結婚していたし、妻と同い年の自分の妹も前の年に結婚していた。

 

そのときは、これまで付き合った、知り合った女性のなかで、いちばんの人と結婚できたと思った。とにかく可愛くて、ルックスが自分の好みだったし、性格も可愛かった。よくメソメソ泣いていたが、それは自分が悪いことをしたためで、それがなくなれば悲しませることはなくなるので問題ないと思った。妹の親友だったから、昔から知っていて、素行に問題がないこともわかっていた。これまで出会った人のなかで、いちばん自分のことを真剣に考えてくれ、あれこれアドバイスや支援をしてくれる。自分の人生にはこの人が必要だ。そう真剣に思った。だからこのチャンスを逃したくなかった。ここで躊躇して、別れるようなことがあれば、もうこんな人とは出会えないだろう。自分が結婚するなんて、どうも実感がわかなかったし、どういう根拠で結婚に踏み切るかはその人次第だと思うが、そうか、これが結婚するという踏ん切りなんだな、こうやってみんな結婚を決めるんだな、自分にもそのときが来たってことだ。そう思った。

 

だが今になって思えば、ここで結婚せずに別れてしまっていたほうが、妻のためにはよかったのかもしれない。その25年後、自分は妻を裏切り、最大の罪を犯してしまったのだから。

 

すべては自分のせいだ。相手を操ろうと恒常的にウソをつき、自分を大きく見せようとする。共感性に乏しく、自己中心。そして人をだましても両親の呵責がない。

そんな自分は仕事に没頭してそのなかで自己実現して満足を得て、家庭を顧みない人になっていた。妻にいろいろ言われても、反論したり無視したり、ときには激怒することで妻を操ろうとし、自分の言いなりにしようとした。妻の気持ちをまったく考えていなかった。

そして自分を手放しでほめてくれる、都合のいい女に手を出した。

そのことがバレなければ、いまでもその関係を続けていたかもしれない。もし別れていたとしても、そのことを隠して夫婦生活を続けていただろう。

 

だがそれは明るみに出て、すべては妻の知るところとなった。

そして自分はキリスト教や振り返りによって、自分の本性を知ることになった。

そこからの立ち直りは苦しい道だが、立ち直るという希望のある道だ。

だが妻はどんなにつらいだろうか。

キリスト教も、振り返りも、最近ではアドラー心理学も、すべて妻が自分のために用意してくれたものだ。それらを通じて自分は自分を理解することができ、神様の存在を知った。

妻が自分を立ち直らせようと、必死でがんばってくれた。だから今の自分がある。

 

そんな妻に、自分はとんでもないことをしてしまった。後悔してもしきれない。自分の生涯で最高の人だったのに。その妻を裏切ってしまった。そればかりか、そのあともウソをつき、その場をとりつくろい、自分を守ろうとした。妻は崩れ落ちそうになりながらも、それも受け止めて、立ち直るチャンスをくれた。自立していない自分をあきらめず、それでも一緒にいてくれる。

自分と結婚していなければ、もっと幸せになっていただろう。ほんとうに申し訳ない。

 

 

自分を立て直したい。こんな自分にここまで付き合ってくれる妻に、自分の立ち直りを見せたい。

 

まだまだ道は遠いのかもしれない。

早く自分を立て直し、そして妻の心からの笑顔を見たい。