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おくりびと先日、私事ではありますが、母方の祖母が亡くなりました。ここ、二、三日、バタバタして、ブログ更新もできなかったわけです。人が生を受ける事は、とても神秘的なものですが、人の死も、また、不思議なもので、本人の気持ちはわかりませんが、家族、親戚、友人など、関わりのある人には、神秘的と言いますか、似たような感情を与えてくれます。先日、私は仕事が終わり、ケータイを見ると、姉から着信がありました。かけ直しましたが、出ず、一通メールが入っていて、祖母が亡くなった事を知らされました。職場からの帰り道、人目も気にせず、泣きながら帰りました。私は横浜に住んでいるので、実家の新潟には、すぐには行けず、翌朝始発の高速バスで帰郷しました。久しぶりに見る祖母は、生前のふくよかな顔ではなく、痩せて、私の問いかけにも答えず、まるで眠っているようでした。ただ、それが眠っているのではない。眠れないくらいうるさい、祖母のイビキは、もう聞こえる事はありませんでした。そして、悲しい事に、前日は、叔父の誕生日だったのです。前月、帰郷した際、母に、祖母がもう長くはないから、会いにいったほぅが良いと言われました。帰りのバスまで時間がなかった私はそれを断りました。そして1ヶ月後に、それをこんなに後悔する事になるとは、まるで思いませんでした。仏教である、家の宗派に従い、通夜を済ませ、火葬場へ向かいました。最後のお別れ。不思議なもので、人は故人に対し、人の形のまま、残していたいと思うもので、写真ではなく、目を開けずとも、息をしていなくとも、本人がいなくなってしまうのは、とても耐えられず、涙が止まりませんでした。祖母はとても苦労をした人で、子供は三人、三番目が私の母です。私の叔父に当たる、長男には、脳に障害があり、外で仕事をする事ができず、家の手伝いをしていた。それはお菓子作り。和菓子店を営んでいた、祖母と祖父。私が産まれて二年後、祖父が亡くなったそうです。私は祖父の記憶はありませんが、受賞したお菓子の数々や、祖父の知人の話を聞くと、とても人望の厚い人だったようです。孫の中では、私が一番年下ですが、孫も産まれ、楽しい第二の人生を送れると思った矢先の祖父の死に、祖母は気を落とし、髪の毛が抜け落ちてしまったのだそうです。それでも、カツラをかぶり、毎日化粧して、お店に立っていたのを私は覚えています。若い頃は、戦後の学校の先生だったそうです。とても心配性で、何かある毎に口をはさんで、私の母に怒られていました。心配性すぎて、祖母の家からの帰り道は、見えなくなるまで見送ってくれていました。料理が上手で、泊まりにいくと、いつも美味しいご飯を作ってくれました。そして、イビキがうるさくて眠れない事も、しばしば。歳を取っても肌が綺麗で、私は、いつも、祖母に似ていると言われていました。人はいつか死ぬという事は、分かってはいても、今のまま、死ぬ事なんて、当然想像もできず、永遠にあるのではないかと、そんな風に思ってしまいます。しかし、そうではない事、分かっていても、なかなか受け入れられるものではありませんね。ただ、死に行くのであれば、多くの人に、思われ、見送られたいものです。自分は愛されていたのだと、その時に、本当に気づくのだとおもいます。火葬の際、カツラと入れ歯を、母が一緒に入れていました。天国に逝っても必要になるだろうと、亡くなる間際に立ち会い、それでも気丈に振る舞う、私の母の気づかいでした。祖母に似ていると言われていた私は、自分も心配性で、太ったおばあちゃんになるのかな。などと、考えたりしました。Android携帯からの投稿