ほんと忘れることのできない日です。
飲み会でべろべろになって帰宅した時間に、阪神大震災が起きていた(´;ω;`)ウッ…
私は友人の電話で知らされたΣ(゚д゚lll)ガーン
酔っ払いの私に友人は水あびてこい!!と電話の向こうで怒鳴っていました。
早くTVつけろ!!と言われTVをつけると火の海が映っていましたΣ(゚Д゚;エーッ!
地震とは無関係な私には理解できない、ましてや酔っ払い(;´Д`)
映画の「バックドラフト」でしかなかった。
でもだんだん時間がたつにつれて、現実を理解できた。
その時には酔いがピークで動くと吐く状態だけど、必死に情報を得ようとしていた。
勿論電話は通じない!!知り合いからは電話が鳴りやまない(;´Д`)
10時過ぎようやく親族から、全員無事だから安心してと( ´Д`)=3 フゥ
さてその後どうすべきか?地元の友人たちにも様子を聞いたり情報を得るために必死
TVでは同じところばかりしかうつさない!!
移動手段もなく・・・・地団駄踏んでいたら友人や知り合いが母の顔を見に行ってくれた。
調子悪そうだからどうにかして帰ってこい!!と言われ、必死で行ける方法を模索した。
友人から連絡が来て、飛行機なら移動できるぞと言われ、早速飛行機会社に連絡し予約をとり飛んだ。
羽田から関空に、そこからポーアイに船で、船は酔うけどそんなこと言ってられない。
でそこで目にしたのは、あの大きな携帯を肩からぶら下げ、小さな手提げかばんをもって怪しい人々、地上げ屋?貸金業?
ポーアイからは電車が動いている兵庫?までタクシーで。
目にした光景は、灰色の町で道路はでこぼこ、アスファルトがはがれ落ち着いてのっていられない。
待ちゆく人たちは登山の恰好で歩いている。
まるでセピア色の写真、戦後を思わせるもので、高速道路も横倒しになぅってる光景に涙が自然と流れ落ちた。
電車に乗って見える窓の風景も、傾いた家やビルや、横倒しになぅったビル・・・・もう号泣です。
その傾いた家に洗濯ものが悲しく風になびいていました。
明石につくと(・・? 別世界に来たように普通でした。ステーションも普通に空いているし、電車も動いてる(・・?
実家は屋根他だけで大丈夫!修理代100万ぐらいで済みました。一部なので何の保証も受けていません。まじか!!
救援物資などなにもこなかぅったそうな。友人たちにも聞いたけど崩壊した家の子は3日間飲まず食わずだったそうな。
ありえないですよね、本当に( ´Д`)=3 フゥ
友人宅もゴルフボール置くとかぅってに転がっていってました(-_-;)
私が滞在中は地震は起きなかったんだけど、帰った瞬間にまたおきたそうな(-_-;)
5月に車でいったけど、あちこち通行止めで中々家にたどり着きませんでした。Ω\ζ°)チーン
忘れることできない!
語り継がれなきゃいけない事!
だと思います。
今地震が頻繁に世界各国でおきているので用心するようにしています。
非常用はガレージに置いています。お水・食べ物・他 定期的に期限など調べて(^_-)-☆
庭には野菜など食べれるものを育てています。
ハザードマップ・伝言板など家族たちにも
もう一度皆さんも確認して自分の身は自分で守ってくださいね
今日は眠れそうにないなぁ(-_-;)
