急な話で本当に驚き動揺し悩み罪悪感にかられながらの決断。

でも今は兄弟達や家族たちからも反対もなくいい方向になりました(^_-)-☆


今日から母はショートです。
送っていったついでにGH三階に上がり契約をしてきました。

入所金もお支払いしてきました。


私は「頚椎症性脊髄症」の術後に後遺症なのか難病「強皮症」認定され、保健所で在宅介護は無理です、すぐに施設入所申請してくださいと言われました。
もち、手術した主治医にも難病特定医にも宣告されておりましたが、なんか反論する気持ちで踏ん張って三年間在宅介護で自分の時間を持てるように、ケアプラン作成し、ケアマネやヘルパー事業他多くの方々の支援をいただき3年間在宅介護をさせていただきました。


まだもう少しと思っていましたが、今年火災事件より悩むことが多くなりました。
私は5kg以上のものを持つこともできない。
掴むこともできない。
母が転んでも起こすこともできない。
母を守ることは不可能に近いという不安で毎日を過ごしている状態となりました。

それにまして、毎年減退していく体力や不調で輪をかけて不安は募りました。

でもねまだ今のケアプラン月に定期ショート2回利用でなんとかできるかな?
後少し在宅介護で頑張りたい気持ちも強かったです。

先日の母の熱中症事件で不安は増しました。

この異常気象を私が母を守ることがきるのか?

母の脳も低下が見れます。一人では出来ることもすくなってきており私自身もダウンすることも多く両名ともに不安を感じだした時に、入所の話が舞い込んできました。


予期せぬ事だったゆえに非常に決断には勇気が要りました。

母の笑顔で周期を迎えれる場所と考え決断にいたりました。

不自由な体の娘に世話をしてもらうより、専門家の方々にうだねる方が母に不安与えることもないと思います。自分がその立場だったらと考え決断いたしました。


施設も家から徒歩15分程度車だったら5分あればつきます。

うちの離れと考えます。金銭面は非常に負担となりますけど、やれる限りやってみます。


施設入所したから介護は終わりではありません。
まだまだ母を見守っていくつもりです。


他人さんに預けることに、複雑な気持ちや不安はありますが、それは母の運命に委ねます。
運がよければ100歳を迎えることもできる可能性にかけることにしました。

もち私自身も後10年踏ん張り続けなくてはなりませんけどね(^_-)-☆

母を介護し始め16年全力で走り続けました。
少しここで私は主介護よりはなれ自分のために生きることにします(*゚▽゚*)