まだ梅雨明けじゃないんだ?

(蒸し暑い広島です。)

 

さて、私が「めんどくさいな」と感じるとき。

細かいこと、計算、好きではありません。

感情のもつれや、

ささいな行き違い、

裏返ったままの靴下をいちいち直しながら干すこと。

 

「めんどくさい」と感じます。

その「感情」は無視しません。

 

そして、

その「感情」によって、

行動を変えないようにはしています(なるべくね)。

 

感情は、自分の体調や心境によってクルクルと変化します。

やらなくてはいけないことがたくさんあるときや、

体調が悪いとき、

今日みたいに蒸し暑いとき、

いつもは気にならない程度のことでも、

イライラしたり、

落ち込んだりしませんか?

 

その感情の通りに行動すると?

 

望み通りの人生が展開するでしょうか?

 

それとも。

 

 

そうですね、

周りを振り回したり、

自分の目標や目的とズレたり。

 

何よりも、自分で自分のことが

信じられなくなる。

 

「めんどくさい」

(という感情を感じてるんだな~)

 

そして、「やるのか、私?」

(やる!を選択します、なるべくね)

 

決めたことを決めたとおりにやる、

これが目標達成の近道だと知っているからです。

 

次回は、

「めんどくさい」そして「やる!」と決めた時の、

行動の進め方のコツを書きますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年から「育自塾」というのを開催しているんだけど、

そもそも なぜ、

 

「育児」ではなくて、「育自」なのか。

 

ということについて。

 

私たちは、育てられた環境、すなわち、

親や、家族や、家庭の経済状況、

時代や、

国や地域、文化や、

そんな不可抗力的なものの影響を、

大きく受けて育ってきている。

 

よく「毒親」などという言葉で表現される、

本当にヒドイ親の元に生まれてしまうことも、ある。

 

それらは、本当に痛ましいことだし、

自分の力ではどうにもならないことだ。

 

でも、それらの条件に屈することなく、

これからの自分を築いていくことができるのだ。

それは、自分の力で、できる。

 

もはや子どもではない私たちは、

自分のことは、自分で育てることができる。

どんな育てられ方をしても、

それを言い訳にせず、

自分の好きな生き方ができるように、

自分を育てていけるのだ。

 

子育て中のお母さんにこそ、

自分を育てていくという意識を持ってほしい。

過去に執着せず、過去を言い訳にせず、

どんな未来を創るのか、

どんな自分を創るのか、

それを見つめながら、

今を生きてほしいと、思う。

 

 

ただ悩みの中にいる人と、

悩みながらも進んでいく人との違いは、

問いの立て方の違いだと、思う。

 

正しく問わないと、欲しい答えが出ない。

そんなの、分かってる。

 

いや、分かってない。

 

欲しい答えが得られるように問うのには、

かなりな精神力が要る。

 

欲しい答えは、直面したくないことの中にあるから。

 

それでも、

進んでいきたいなら、

正しく問いを立てよう。