あるひとりのオンナの人生に学ぶ。
暮れに父の兄が亡くなって、四十九日の法要が先日あった。父は二男で、弟は来ていたが、妹の叔母は姿を現さなかった。メンタルが不調で来れなかったと聞いた。(ああ、まだ、そうなのか)叔母には子供の頃から可愛がってもらった訳ではなく自分が大学生になって、オトナの話にまあまあ入れるようになってから、いろいろと話をするようになった。県外の金持ちの御曹司に嫁いで5男をもうけ、すごい豪邸に住んでいたが、隣にお姑さん、周囲に義姉妹もろもろも住んでいて、嫁姑が大変不仲だったので、叔母はいつも悩みやグチを言っていた。ある日のお悩みは、義理のお母さんと子供の教育方針が合わない事。旦那さんがお義母さんの味方をするので、またこじれるらしい。お姑さんが金持ちの発想で、自分は貧乏だから理解できないのよ。と、そんな事を言っていた。2人とも非常に教育熱心という方向は一緒だと思うけど。当時の私からすると、自分の両親の方がよほどヒドイので話を聞いてもらいたかったのだが、たいがいそれは叶ってない(笑)また別の日のお悩みは、ダンナさんの浮気。「社長であるダンナさんがアルバイトの女子大生と浮気してる」て話だったんだけど。それを姑も知ってて黙ってる、自分には誰一人味方がいないと、嘆きと悲観に暮れていました。いや、辛いのはわかるけど。呼び出しといてお茶も出さず…黙りこくって暗い感情を隠しもしない私にしてみれば、ただのキモくてありえん話なのだが手作りケーキを焼いてくれたり、遅くまで帰して貰えないほど上機嫌でしゃべり続ける時もあるのに。沈んだり浮いたり激しくて、あれでは息子たちはたまんないだろうなと思った。中学生の末っ子が、グチ聞くのが大変だから毎週遊びに来てくださいと懇願してきたもの。叔母は、男兄弟で育ったので語り口はサバサバしているが、考え方はとてもサバサバとは言い難い。いろんな悩みや建前が混在しちゃってて、人を励ます言葉を多用するけど、誰に言ってるものなのか?聞き手の私はいつもそんな風に感じていて。つまり、双方向にコミュニケーションしているようでしていない。私、要る?ってなり、悪いが、とても疲れるのだ。それから何年も、叔母さんと会うことはなく。2011年に祖母が亡くなって、10数年ぶりに再会。お姑さんが亡くなった、と聞き「じゃ、長年の嫁姑戦争が終わったのね!おばさんいつも、悩んでたもんね。良かったね!」と言うと いや。離婚したんだ。と以前と同じ沈鬱な面持ちで、叔母さんは言った。私は、雷が落ちたような衝撃を受けた。人生がメンタルの揺れそのもの。と言っていいほど浮沈し続けていたけど、懸念だった事に、やっと解放されたんだからその対象のダンナさんを手に入れてクリアな人生を送れる!!じゃないワケ??お姑さんは亡くなり、一族で展開していたお店が不況で全部潰れて、家も財産もなんにも失くなり離婚。叔母さんは今長男とアパートに2人で暮らしている、と言った。いやいや、いろいろあるよ物事は。いろいろあったのよと言いながら沈鬱を背負いたくて背負ってるのかも知れないな、この人は。とさえ思ってしまった。いろいろあるけど、その時その時どうするか、出口を決めないと。気づけばずっと同じところにいるって!私はこうはなりたくないな。辛いこと嫌なことはあるけど、手放さないと何年も何年も辛いヒトになってしまう。叔母さんの経過時間を眺めて何かを見たような気がして。長らく、何とも言えない感情に浸かった。不幸だったこと、嫌だった事は、覚えていても糧にはならない。防御にも使えない。こびりつかないように、一生懸命忘れる事の方が大事だ。これをきっかけに、そう考えるようになった。この頃私も、嫁姑やら母とダンナの病気やら、3度の流産により自分もメンタルぼろぼろで同じ悩みを何年もぐるぐる抱える日々だったけど。脱却しなきゃ。と思った今は、鬱の沼から脱却できてると思う。叔母さんを救いたいけど、自分は自分でしか救えない。あれから12年。叔母さん70代前半か。残りそんなに、、、長くないよ(^^;) 出口が見つかりますよう