ブラジル日和 -26ページ目

閑谷学校

大学に入り

教員免許を取るべく

必修授業を消化していく毎日なのだが

その中に教職論と言うものがある


文科省がどのような教員を望み

理想の教員とは

実に持ってくだらない授業だ


やっていると

興味深い内容のものが偶に出てくる


今回興味を持ったのは

現在は誰でも教育を受けられるが

身分制度の激しかった時代はどうか?

農民に対しての教育は?


"寺子屋があったんでしょ?"

確かにありました

しかし 寺子屋では

読み書きソロバンしか教えない

彼らにそれ以上の知識はない


そこで出来たのが

岡山藩が作った藩校の閑谷学校である

とあった 分らない人は適当にググっていただきたい


閑谷学校は

ここは今住んでいるところから比較的近く

幼少の頃 両親に連れられ

2~3度訪れているが


そこが学校で、どのような目的だったのか等

幼少の私に分るはずもなく


今日改めて行くことにした


前置きが非常に長くなったが

ここからが今日の本題


昨日の日記に書いたMK君

彼も教職論を取っているので

良い社会勉強だろうと思ったから誘った


本来18、19の子が

閑谷学校に興味を示すかどうかと言えば


しかし彼は違う

"勉強になりますね"と私に言いながら

真剣に見学しているのである

彼の良い所だ


彼は私に"何故僕に良くしてくれるのですか"と聞くが


そういう君の態度が

誘ってよかった

連れてきてよかったと心から思え

次に繋がっているのだよ






出会いの神様

1ヶ月ぶりの更新です


大学に入りようやく慣れてきた頃に

GW

だからこそ休みが必要かもしれませんが

私にとっては生活パターンを崩す

全くもって鬱陶しい休みです


さて 大学生活の中で友人(知人)も多数出来ましたが

その中でも

MK君とSOさん


この2人と

話してると自然と笑みがこぼれる

一緒にいれる事が非常に嬉しい


2人との出会いには

本当に神に感謝します

あまり神を信じない私が言っても

無意味なような気もしますが


いつもありがとう

今回の震災で

昔 約10年前

当時仲良かったNET友達の事を思い出しました

一度だけOFFであった事があるんだけど

それが7~8年前?の話でしょうか

いかんせん 記憶があいまいで


すでに音通が途絶えて5年ほどたってるんですが

そういえばあいつも東北だったなと


あいつは俺の事をしーちゃん しーちゃん と呼び

こっちは本名のとも とも と呼んでたっけか


OFFも当時あいつが通ってた大学があった

北海道の大麻って町までわざわざ行ったんだよ!

たった1日遊んだだけだけど楽しかったなぁ


正直数年間忘れてた存在を急に思い出すと変な感じです

被害なく無事でしょうか

唯唯願うだけです