新潟県燕市の「磨き屋シンジケート」は、燕商工会議所と燕市内の研磨事業者が結成した共同受注グループです。地場産業にとっても円高や世界経済の減速等の影響が懸念されていますが、「磨き屋シンジケート」では国内外から注文が殺到しています。

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「いっとじゅっけん」

http://www.kanto.meti.go.jp/webmag/index.html#series

シリーズ地域産業振興講座

「地場産業のブランド戦略~ 磨き屋シンジケート成功の秘訣」

http://www.kanto.meti.go.jp/webmag/series/chiiki_kouza/1209_chiiki_kouza.htm

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1.「 磨き屋シンジケート」発足のきっかけ

 金属加工業で栄えた燕市だが、中国から安くて品質の良い商品が大量に輸入されるようになり、平成13年には、金属研磨製品出荷額は平成4年対比で4割まで落ち、職人の数も最盛期の1/3まで減少していた。私は、「このままでは磨き屋は全滅する。」との危機感を持ち、「磨き職人が仕事を共同受注する。」という新たなビジネスプランを思いついた。しかし、磨き職人を何度も訪問しても、危機感は共有されなかった。また、磨き職人はもともと一匹狼でやっており、他の職人と一緒に仕事をやるというのは不可能だと言われていた。そこで、燕市長に陳情し、磨き職人たちと中国視察に行った。長い生産ラインが続く工場では、約2,000人の20代から30代の若者が働いていた。磨き職人たちは、彼らの磨いた製品に「思ったより悪くない。いや十分に使える出来だ。」と驚いた。個人の技術は低くても職人の数を増やし一つ一つの製品にかける時間を増やせばその質は更に上がる。彼らが磨いていた製品の中には半年前まで自分たちが手掛けていた製品もあった。 磨き職人たちは初めて危機感を抱いた。加えて、当時の鋼材価格は日本の1/3程度だった。「このままでは中国に勝てない。職人同士が互いにノウハウを持ち寄り、中国に真似のできない商品を作ろう。」と磨き職人たちの思いが一つになり、「磨き屋シンジケート」が誕生した。 営業窓口は燕商工会議所に一本化し、お客様からから提示された条件を見て最も適した磨き屋を選ぶ。現在35社が参加、幹事企業は7社。幹事企業が元請けとなり、代金の回収等を行う。

2.「磨き屋シンジケート」スタート ~しかし、予算は僅か30万円

 漸く発足にこぎ着けた「磨き屋シンジケート」であったが、燕商工会議所の予算は僅か30万円だった。まずはできることから始めようと、

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