http://www.iab.keio.ac.jp/jp/content/view/355/73/


虫下し薬が「がん」に効く?


メタボローム解析でがんが回虫と同じ代謝を使うこと
を示唆


http://cancerres.aacrjournals.org/cgi/content/abstract/0008-5472.CAN-08-4806v1


研究の背景
ほとんどの生物は酸素が十分にある環境では、クエン酸回路(*3)と呼ばれる代謝を
使ってエネルギー物質であるATP(*4)を生産します。寄生虫として知られる回虫
も、酸素の多いところで成長する幼虫の間や、体外にいる間は酸素を呼吸し、ヒト
と同じクエン酸回路を使ってエネルギーを生産します。しかし、ひとたび酸素の乏
しい小腸内に進入すると今度は特殊な代謝を使ってエネルギーを生産するようにな
ります。ある種の虫下し薬は、回虫が使っているこの特殊な代謝を選択的に阻害す
るためヒトには副作用がなく、回虫のみを死滅させる事ができます。 国立がんセン
ター東病院の江角浩安病院長らは、虫下し薬が悪性のがん細胞も死滅させることを
2004年に発見しました。この研究成果を元に、がん細胞は血管がなく酸素が乏しい
環境でも活発に増殖することができる事から、がん細胞も回虫と似た特殊な代謝を
使ってエネルギーを生産するのではないかという仮説を立て、世界最先端のメタボ
ローム解析技術を持つ慶大先端生命研と、がんの代謝を解明するための共同研究を
2004年より開始しました。


今回の研究成果
研究チームは、国立がんセンター東病院で大腸がん患者と胃がん患者からがん組織
と正常組織を採取し、慶大先端生命研でそれらの組織のメタボロームを網羅的に測
定し、がんと正常組織の代謝物の違いを比較しました。その結果、低酸素の環境下
でコハク酸を高濃度に蓄積するという回虫が示す現象ががんの組織でも起きている
ことが明らかになりました。このコハク酸の蓄積は回虫が特殊な代謝を使ったとき
にのみ観察され、がんもこの代謝を用いていることを強く支持する結果でした。ま
た、酸素濃度の低い大腸がんの方が、胃がんよりもより多くのコハク酸を蓄積して
いることが判明しました。 虫下し薬でがん細胞が死滅すること、がん組織と回虫の
エネルギーを生産する代謝のパターンが似通っていることから、がん細胞は、回虫
などの寄生虫が酸素の乏しい環境下で使用する特殊な代謝、あるいはそれに似通っ
た代謝を使って増殖に必要なエネルギーを生産している可能性を今回の実験で示し
ました。 一連の研究成果は2009年5月19日、米国がん学会誌Cancer Researchの
on-line版に掲載されました。 今後さらに研究をすすめ、がん細胞が使用する特殊
な代謝を特定し、その代謝システムのキーとなる酵素(*5)を選択的に阻害する薬物
を開発することで副作用がなく、薬効の高い(正常細胞には作用しないため、副作
用が少ない)抗がん剤の実現を目指します。


研究者のコメント
国立がんセンター東病院の江角浩安病院長は、「慶大先端生命研が開発したメタボ
ローム技術は世界の常識を越える技術であり、予想もされなかったがんの性質を解
き明かし、画期的な抗がん薬を開発する糸口を作った。」とコメントしています。
慶大先端生命研の曽我朋義教授は、「山形県と鶴岡市の支援によって開発されてき
たメタボローム解析技術によってがん細胞が選択的に使う代謝を見つけ出すことが
できた。この成果によって、新しいタイプの抗がん剤の開発に一つの道筋がついた
ことは大変うれしい。」とコメントしています。

このニュースは下記メディアでも報道されました。
・山形新聞 5/21 26面
・荘内日報 5/22 1面
・日経産業新聞 5/22 11面
・讀賣新聞 6/1
・毎日新聞 6/3
・日刊工業新聞 6/11

ResearchSEA
http://www.researchsea.com/html/article.php/aid/4219/cid/1/research/could_anti-parasitic_drugs_be_effective_against_cancer_.html

innovations report
http://www.innovations-report.de/html/berichte/medizin_gesundheit/anti_parasitic_drugs_effective_cancer_133014.html

Mainichi Daily News
http://mdn.mainichi.jp/mdnnews/national/archive/news/2009/06/05/20090605p2a00m0na005000c.html



(技術用語の説明)

*1.メタボローム 細胞内に数千種類存在すると言われる代謝物質(メタボライ
ト)の総称。主なものにアミノ酸、糖、脂質などがある。

*2.代謝 生体内の化学(酵素)反応のこと。外界から取り入れた物質を別の物質に
変換することによって細胞や生体の活動に必要なエネルギーやタンパク質、核酸な
どの 生体高分子の材料を合成する。

*3.クエン酸回路 酸素呼吸を行う生物が全般に行う、エネルギーであるATPをつく
るための代謝経路。 またクエン酸回路はアミノ酸などの物質も生産する。

*4. ATP アデノシン三リン酸(adenosine triphosphates; ATP)の略語。全ての生
物のエネルギー物質。

*5.酵素 代謝反応(ある物質を別の物質に変換する仕事)を行うタンパク質のこ
と。


~国立がんセンター東病院とのスーパー特区(がん医薬品・医療機器早期臨床開発
プロジェクト)の共同研究成果~
(09.05.20)

慶應義塾大学先端生命科学研究所の平山明由研究員、曽我朋義教授らと国立がんセ
ンター東病院(千葉県柏市)の江角浩安病院長らの研究グループは、メタボローム
(*1)解析によりがん細胞が自身の増殖に必要なエネルギーを作り出す際に、回虫な
どの寄生虫が低酸素環境下で用いる特殊な代謝(*2)か、又はそれに類似した代謝を
用いる可能性があることを世界で初めて実証しました。これは、平成20年度に国が
「先端医療開発特区」として創設したスーパー特区(がん医薬品・医療機器早期臨
床開発プロジェクト)に選定された国立がんセンター東病院、慶大先端生命研の共
同研究の成果です。 この研究成果は2009年5月19日、米国がん学会誌Cancer
Researchの on-line版に掲載されました。