昨晩は、日本ベンチャー学会の研究会で木原財団事務局長
(横浜市からの出向者)が、「これでいいのか?日本のイノベ
ーションと国際競争力 バイオクラスター中核機関の現場から
の報告」という大袈裟なタイトルで話しをするというので、横浜
戸塚に行っていました。
http://www.s-nakahara.com/venture/
話を聞いていて耐え難かったのですが、結論は、理論に基づ
かないいい加減な中央政府の聞きかじり政策が、地方行政の
現場を混乱させ、誤った方向に導いていることに愕然としました。
「産業クラスター」なる、実態のない猿真似和製概念といういん
ちきな夢を経産省・文科省が煽った結果、死屍累々という感じ
でした。
現場の方は、大変な努力をしていますが、そもそもコンセプト
が誤っているので、非常に内向きで、寄らば大樹思考、ハコモ
ノ思考、コンセンサス思考が染み付いていて、自主独立・ハナ
からグローバルというアントレプレナーシップとはまったく異質
なものばかりでした。
世界がシリコンバレー、オースチンを真似しようとしても真似で
きないという実態を見せられてしまい、早々に退散してきました。
「クラスター」とは何なのか?イノベーションにとって何が決定的
に重要なのかという点の本質的理解が欠けているのに、改めて
驚くとともに日本の政策もきっちり軌道修正しなければならない
と痛感しました。(簡単ではありませんが・・・)
クラスターなんて、所詮HBSのポーターが90年代の日本礼賛
から00年の日本蔑視に移る中で、SV礼賛に宗旨替えし、それ
を地域クラスターと呼んだことに始まります。
しかし、クラスター概念は、むしろ同じHBSの「デザインルール」
の議論から出てくるのです。先端技術の尖端での複数のオプシ
ョンからなる潜在的可能性の束こそがクラスターの原点なので
す。デザインルールの本を読むと、葡萄の房のような図にぶち
当たります。そういう葡萄の房(クラスターの原義)から技術の
芽を育てていって、綺羅星の並ぶ銀河団(これもクラスター)の
ようにしていくことが本質なのです。
サンタフェ、サンディア、ロスアラモスなどが、それぞれ顔つきが
異なりながら、あれだけの頭脳を惹き付け魅惑し、イノベーション
を創出するのか?そのワクワク感をどう演出するのかが大事で
はないかと感じています。
この点はブレイン・サーキュレーションの話とも直結するでしょう。