官軍が品川まで押し寄せてきて、今にも江戸城に押し寄せようとした際に、西郷は俺の出したわずか一通の手紙で芝・田町の薩摩屋敷まで、のこのこやって来るとは今の人では出来ない事だ。
当日俺は、羽織袴で馬に乗り、従者一人を連れて薩摩屋敷に出かけた。
西郷は庭の方から平気な顔をして出てきて『これは実に遅刻をしまして失礼』と挨拶をしながら座敷に通った。そのようすは少しも一大事を前に控えたものとは思われなかった。さて、いよいよ談判に入ると、西郷は俺のいう事をいちいち信用をしてくれて、その間一点の疑念も挟まなかった。
『いろいろ、難しい議論もありましょうが、私が一身にかけて、お引受けします』西郷のこの一言で、江戸百万の人々の生命と財産とを保つことができ、徳川氏も滅亡を免れた。若し、これが他の人だったら、いろいろうるさく攻め立てるに違いない、そうなると談判はたちまち破裂だ。
しかし西郷はそんな野暮はいわない、その達観をして、しかも果断に富んでいたのには俺も感心したよ。このとき俺が特に感心したのは、西郷が俺に対して、幕府の重臣たるだけの敬礼を失わず、談判の時にも、終始座を正して手を膝にのせ、戦勝の威光でもって敗軍の将を軽蔑するというような風が少しも見えなかったことだ。その胆量の大きいことは、いわゆる天空海闊で、見識ぶるなどということは元より少しもなかった。西郷に及ぶことのできないのは、その大胆識と大見識とにあるのだ。俺の一言を信じて、たった一人で江戸城に乗り込む。俺だって、事に処して多少の権謀を用いないこともないが、ただこの西郷の至誠は俺をして相欺くことができなかった。(氷川清話)