松岡先生ほど、お話する前とその後で印象が180度変わった
先生はいませんでした。
もちろん、お話するまでは、永田町の強者の中でも「強面」で
鳴らした先生ですから、できれば「お近づきになりたくないよう
な。。。」というのが正直なイメージでした。
なかなか総務会に出る機会はありませんが、骨太方針など
で松下忠洋副大臣が身体を張って頑張っておられますよ
(アナタは出なくて良いんですか)と竹中のおっさんに忠告し
て、彼が初登板したときのことです。
宗男先生は、がさがさやっておられて、松岡先生も睨みを効
かされていたのではないかと思います。「思います」というの
は、そのときに他に強烈な記憶があるので、ちょっと正確には
思い出せないのです。
奮闘する竹中大臣の姿を見て、会議終了後に、党の大重鎮
故山中貞則先生が「思ったより(タフで)見所があるじゃない
か」と労っておられたのがあまりに鮮烈な印象があるため、
その他のことで宗男先生以外のことはちょっと正確に思い出
せないのです。(総務会の内容そのものは厳秘ですから、
それは書けません。)
大臣に就任される前の無役の時代に「緑のエネルギー革命
議員連盟」を鳩山邦夫先生、佐藤剛男先生とともにリードさ
れていました。役所の課長級も参加する会議でしたが、常々
ドイツ型バイオマス・風力とブラジル型バイオ・エタノールを
組み合わせた国造りをすべきだと熱く語っておられました。
もちろん、ご自身で何度も足を運ばれて、実地で見ておられ
るのですから、持ち前の迫力に加えて、説得力十分です。
驚いたのは、あることをきっかけに名前を覚えられて、「andy
くん、意見はどうかね」と何度かご指名を受けたことです。
大物議員の方が、ぺーぺーの名前を呼ばれることに正直驚
きを隠せませんでした。どれだけ冷や汗をかいたことか(笑)
でも、大臣記者会見のときにも指名する記者はすべて名前で
呼ばれていたことが、お亡くなりになってから分かりましたが、
誠実な先生のお人柄が偲ばれるエピソードです。
その議連で、風車の建設促進が話題になり、何故、抽選方式
になっていて、思ったように建設が進められないのかという点
で、ある同僚が、正論だけれども、松岡先生の思いに反する
ことを堂々と述べたことがあります。
一緒にいた我々はヒヤヒヤものでしたが、先生は、それに対し
て強面でもなく、激怒されることもなく、「ヤクニンの君は、それ
でよい。しっかり執行するのが任務だ。しかし、私は政治家だ。
現状できないことを変えるのが政治の使命だ。」と静かに語ら
れました。その大きなお志に強い感銘を受けました。
メディアの報道でも、永田町と国元では評判が180度違うと
いうことがでてきますが、こうした真摯な部分をお持ちで、
お志をとても大事にされていたように感じます。
確か、バイオエタノールの導入促進に関して、ご発言されたと
思うのですが、「現状で、国産がほぼ存在しないバイオエタノ
ールを大量に造ることは誰もができないと思うだろう。しかし、
アポロ計画を思い出して欲しい。人類が月に立てると誰が思っ
ただろうか。緑のエネルギー革命を目指す、政治の使命はそ
こにこそある。」という趣旨のことを仰られたと記憶しています。
(そこまではっきりと言われていなかったかもしれませんが、
私の心にはそう聞こえました。)
大臣ご就任後は、お目にかかる機会がありませんでしたが、
「国産バイオ燃料の生産拡大」で大きな大きな目標を打ち出さ
れました。残念ながら、あまりに大きなお志に政府レベルでの
合意にはなりませんでしたが、農林水産省の同志たちが自省
の独自試算として「600万kl」つまり、現在のガソリン消費量の
1割(E10相当)の国内生産は可能だという数字を打ち出しまし
た。
マスコミは、こぞって政府部内の不一致をおもしろおかしく取り
上げようとしましたが、それは各省庁の不一致などという俗な
ものとは違って、現実と、大きな夢・志とのギャップそのものだ
ったと言えます。
しかし、そうしたことを前提にしながら、引き続き、各省の同志
は合理的なバイオ燃料導入に一致団結して立ち向かっていま
す。もちろん、様々な要因を真摯に検討しなければ、単純に
導入量を増やせばよいというものでもありません。
唯一大事なことは、
松岡利勝先生が示された大きな道筋を目線に据えて、一歩
ずつでも正しい方向に進んでいくことではないかと思います。
ご冥福を祈りつつ 合掌