さて、そんな出世コースを外れたエリートビジネスマンは、そもそも、なぜ自分が出世しなかったか、あるいは出世コースから外れてしまったかということを、はっきりと思い知ることは、入社同期との出世のスピードに決定的な差がついたときとか、自分より入社が後の後輩に先を越された時に、それと認識するのでしょうが、日本の大企業の多くが採用している旧態依然とした日本型人事制度(制度的には年功序列型から変化していたとしても、その運用が旧態依然としていうケースも多いと考えられます)では、直属の上司や人事部から、はっきり組織の中で自分はどういう評価を受けているかということの説明を受けることは、ほとんどの場合、はっきりと差がつき始める50歳前後まで、そういう機会はないのではないかと思われます。
それどころか、「君はよく頑張ってくれている」とか、「君の貢献はちゃんと上もわかってくれている」などという、なんとかく、「平均よりは上だ」、あるいは、「まだ、頑張っていればチャンスがある」、「役員にはなれなくても、せめて部長になれるチャンスはある」などと言った、おためごかし的な評価やフィードバックによって、組織への帰属意識や、やる気を継続させるように導かれているケースが多いのではないでしょうか?
当然のことながら、会社組織は、企業規模が大きくなればなるほど、当然、一人の役員や、本部長、部長が統括・管理する組織は大きくなり、同期入社した全員が組織の長として出世し、役員や、それに準じる役職につけるわけはありません。また、人はそれぞれ生まれ持っている性格や、社交性やビジネスという世界で発揮できる能力や、入社後の努力や、もっと言えば、周りから支持、支援されるタイプかどうかなど、ビジネスマンとして成功する、あるいは、組織がより仕事を任せたいと思うようなタイプかどうかなど、言ってみれば、同期で入社し、しばらくすれば、マラソンレースで、先頭集団が形成され、第二グループ、第三グループと徐々に鮮烈が固まっていくように、企業の中での、それぞれの人に対する評価も、徐々に少しずつ固められていくものだと思います。問題は、ほとんどの大企業においては、その事実をはっきりした形で、本人に伝えられるような仕組みにはなっていない点だと思います。
もともと一律新卒採用、終身雇用や、年功序列といった制度ではなく、職務をベースにした採用、評価を用いる欧米型の人事制度では、入社の時点から経験、学校での専門的な知識、技術の習得度などで最初から差をつけることが前提となっていますので、毎年のように、その人の強いところ、弱いところ、また将来どういうポテンシャルがあり、企業側ならびにその人が、今後どういう成長を望んでいるかという部分も含め、直属の上司と会話し、それを記録として残していくのが基本となる制度になっています。ですから、入社後早くから、将来組織のリーダーとして人の上に立つコースに進んでいく可能性のある人と、より専門性を生かす形で、組織の構成員として企業に貢献していくキャリアバスを目指す人とを、組織側も従業員側の両方がしっかりと理解、意識して、よりはっきりとしたまた、双方合意した形で、企業でのキャリアを磨いていくことになっています。
このように、日本の大企業に勤める、出世から外れたエリートは、日本文化の代名詞である「曖昧さ」という考えに基づき、「君はよくやってくれている」といった、差しさわりのない評価で、組織の中で将来どういう立場での貢献を期待されているかという道筋の議論もなく、漠然と「まだチャンスあり」という希望により、やる気を喚起され、20年、30年と年月を重ねているのではないでしょうか・