アマロ神父の罪
- ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
- アマロ神父の罪
自らを神の僕(しもべ)だと言う者は、一切の邪念に惑わされる事も無いのであろうか?
メキシコの田舎町に赴任してきた、若き神父アマロ(ガエル・ガルシア・ベルナル)。
彼は、神父にも婚姻が認められるべきだという思想を持ちながらも、司教に特別に目を掛けられるほど将来を嘱望されており、神に仕える事に悦びを覚えていた。
まるで罪など知らぬかのような人生。
それが一変してしまうとは…。
寄付金を利用した汚職に加担している神父や、ゲリラ活動の疑いを持たれた神父。
彼が選んだ世界に見え隠れする罪悪。
そんな中、アマロは敬虔な娘・アメリアと出逢い、二人は互いを求める欲望に身をまかせてしまう。
宗教とは縁遠い私の解釈では、アマロが神父の立場を忘れてアメリアを愛してしまった事は、それほどの罪ではない。
それは、これから起こる事件の引き金に過ぎず、彼女を愛した結果、アマロは自分を試される局面を迎え、罪とは何なのか、身をもって知る事になるのだ。
この物語は、困っている人々を助けたい一心で神父になったアマロの、あまりにも皮肉な結末を描きながら、人間全般が罪深い生き物だと示唆しているように思える。
彼を取り巻く人々のどこかしらに、必ず闇の顔が覗いているからだ。
完璧な人間など、この世にいない。
邪(よこしま)なものは、入り込める機会を常に窺っていて、隙あらば取り憑こうとしているのだ。
神父だから、信者だから罪深いのではなく、誰もが犯しかねない罪が、ここには有る。
(2002年・メキシコ映画)
(川口 桂)