久々に母に会いに行った。米寿を迎えた昭和一桁の母であるロケット


厳しく育てられた。


母の日々の暮らし方には頭が下がる

父は母の作ったもの以外は口にしなかった。

私が作っているニンニク卵黄も母からのものである。

私には出来ないがニンニク卵黄も父が喉を通らないということで
粉にしてカプセルに入れていた。

父の朝食はお盆に少しずつ何種類ものおかず。

大根おろし、梅干し、ニンニク卵黄は必ず。




夕飯は毎日のようにお刺身が付いていた。
私達には無かったので一切れずつ口に入れてくれた。
縦の物を横にもしない。
そんな家庭に育った私は父によく言われていた言葉がある。




母さんの爪の垢でも煎じて飲みなさい、、、、、、、
父は母の手のひらで亡くなった。
私も我儘な父のように生きたかった叫び



が、、、、、、、我儘をできる夫に先立たれた星空



母の作り続けている箱がある
捨てずにとっておいた箱に補強をして和紙を貼る。
人にあげるのが楽しみなのであるが作り続けるから販売もしている。
ブテックにも置いてもらっている。



tetoteにも《空未来》で載っている

趣味



一字母