怨憎会苦(おんぞうえく)とは、
いわゆる四苦八苦の一つで、
怨み憎しむ人に会わずにいられない苦しみのことです。

ただ、全てが自分の責任だと説くのが仏教ですので、
嫌いな人に会う環境という一元的なことだけでなく、
自分が嫌だと思うことに直面させられることもいうのかもと、
ふと思いました。

例えば、不潔な環境が嫌いな人にとって、
部屋が汚いことは耐えられないことでしょうが、
気にならない人にとっては部屋が汚くても何も気にならない。
つまり、同じ事象でも受け取り側によって変わるということです。

自分自身を振り返ってみると、
僕は取ってつけたような言い訳が嫌いです。
集まりなどに来れないなら、来れないでいいのですが、
取ってつけたような言い訳をされると気分が下がります。
これも怨憎会苦だなと。
僕が言い訳が嫌いだから、そういう環境の合うのだなと。

ここで、言い訳をする相手を責めていては、
いつまでたっても怨憎会苦からは抜け出ることはできません。
抜け出ることができないということは、
いつになっても言い訳を目にするということです。

そこで、言い訳を許す、受け止めることをしていけば、
いつかは言い訳を聞かなくてすむ環境になるはずです。
それは、言い訳をするような人が周りからいなくなるのか、
周りの人が言い訳をしなくなるのか、
僕が言い訳が気にならない人に変わるのかわかりませんが、
いずれにせよ、僕が言い訳を目にすることがなくなるということです。