以前、知り合いの方に家系図を作ること薦められました。
家系図を作ることで先祖へ思いを馳せる。
それがとても大事なことだと。

というわけで、今回短いですが実家に帰省したので、
まずは戸籍を遡ってみることにしました。
1時間ほど待って、出て来たのは曾祖父までの戸籍。
曾祖父は明治10年の生まれなので、その前は江戸の生まれ。
江戸時代は戸籍はなかったので、辿れるのはここまでということ。
江戸の昔になると菩提寺にある過去帳などが参考になります。

戸籍を眺めていると、色々と不思議なことが見えてきました。
私の祖父は父が若い頃に亡くなっているので、
私は会ったことはなく、あまり馴染みがありません。
その祖父の戸籍を見てると、生まれが広島になっている。
そして、祖父の妹は宮崎で生まれている。
あれ?高知じゃない…。

そのことを父に聞くと、父の祖父、つまり私の曾祖父は
愛媛の生まれで、水兵だったそうです。
だから広島の呉にいたんですね。
そして時代はちょうど日露戦争のとき。
祖父は日露戦争終戦2年後に生まれています。
その後なぜ宮崎に移動したのかは謎です。

さて、愛媛の一族がなぜ高知に移ったのか?
理由は曾祖母にあります。曾祖母の実家が高知だったようです。
ただ、曾祖母も愛媛で生まれています。
おそらく曾祖父と曾祖母は愛媛の同郷で育っています。
つまり曾祖母の父が高知から分家して愛媛に移ったようです。
で、何らかしらの理由があって、
曾祖父と曾祖母は宮崎から曾祖母の本家がある高知に来た。
そこから我が家の高知の歴史が始まります。

さて、憶測も交え、段々と先祖の歴史が見えてきました。
そこで更なる探求のために墓参りに行ってみることに。
(探求のためでなくても墓参りはしてますが)

この墓石一つ一つをまじまじを見てると色んな事実が見えてきました。
今が何代目なのかとか、誰がいつ死んだのかとか。
結果、おそらく初代まで遡ることができました。
ただ、初代の墓よりも古い既に単なる石と化してる墓石がありまして、
これが元々のルーツだと思われます。
でも何と文字が掘られている判読不可能。
残念ですが最先端科学の何かを使わないと無理でしょうね。

さて、今回生まれて初めて自分の先祖を紐解く試みにトライしました。
結果、墓が単なる石ではなく、自分の命をつないでくれたものに見えてきました。
一つ一つの墓石と感情の交流が生じたんですね。
これがまさに先祖とつながるということだと思います。
先の知人が家系図作りを薦められた理由もここにあります。

先祖を遡る取組み。非常にやりがいがあり、充実してました。
今度は、先祖が住んでいた愛媛県に足を運び、
その土地を自分の目で見てみようと思います。