最近、恥を感じることができる人が
減ってる気がしてます。
若者に限らず、いい年した人も。
恥ずかしいと感じることが
自分だけのことだけになってるというか。
つまり、自分が恥をかくことは恥ずかしいけれど、
それ以外のことに関しては恥ずかしいとは思わない。
恥の範囲が狭くなってるということです。
例えば、歩きながら何かを食べるとか、
電車の中でパンやお菓子を食べるなど、
これらは公共への配慮が欠ける行為で、
恥ずかしいとされることです。
それを恥ずかしいと思わず、
何が悪いんだ!?と逆に主張する。
シルバーシートに平気で座る、
信号無視を平気でするなど比較的小さなことから、
会社のお金を横領する、借金を踏み倒すなど、
大きなことまで。
これらを、恥ずかしくないし、何が悪いんだ?と逆切れ。
これが、何が恥なのか分からなくなってるということです。
そういう人が激増してるように思えてなりません。
恥の概念は定量化できるものではなく、
国や文化によっても異なるものなので、
親から子へと教えて伝えていくしかないものです。
つまり、今の人は親から教えてもらえていない人が多い。
そして、そういう人たちは子には伝えていけない。
その結果、恥の文化は廃れていきます。
その真っ只中にあるのかもしれません。
何とも嘆かわしいことです。
減ってる気がしてます。
若者に限らず、いい年した人も。
恥ずかしいと感じることが
自分だけのことだけになってるというか。
つまり、自分が恥をかくことは恥ずかしいけれど、
それ以外のことに関しては恥ずかしいとは思わない。
恥の範囲が狭くなってるということです。
例えば、歩きながら何かを食べるとか、
電車の中でパンやお菓子を食べるなど、
これらは公共への配慮が欠ける行為で、
恥ずかしいとされることです。
それを恥ずかしいと思わず、
何が悪いんだ!?と逆に主張する。
シルバーシートに平気で座る、
信号無視を平気でするなど比較的小さなことから、
会社のお金を横領する、借金を踏み倒すなど、
大きなことまで。
これらを、恥ずかしくないし、何が悪いんだ?と逆切れ。
これが、何が恥なのか分からなくなってるということです。
そういう人が激増してるように思えてなりません。
恥の概念は定量化できるものではなく、
国や文化によっても異なるものなので、
親から子へと教えて伝えていくしかないものです。
つまり、今の人は親から教えてもらえていない人が多い。
そして、そういう人たちは子には伝えていけない。
その結果、恥の文化は廃れていきます。
その真っ只中にあるのかもしれません。
何とも嘆かわしいことです。