少し前に書きましたが、ダメな営業と仕事したせいで、
やり切れない仕事を抱え、つまらない結果を向かえました。
でも、そのダメな営業のおかげで気づいたことがあります。
それは「今後どうやってお客と向き合うべきか」ということ。
今までも自分なりにお客に向き合ってきたつもりでしたが、
今回の一連の結果を受けて、さらなる気付きがありました。
お客の求めているものを聞き出すのではなく、
お客の本当に求めているものを聞き出す。
そして、それが本当にお客の求める結果を
生み出すのかを考える。
上記の案件では、お客はスポーツ施設。
媒体は会員獲得のための折込ちらし。
お客のニーズは施設来場促進と将来的な新規会員獲得。
GWということで施設もイベントを企画するなど工夫をしています。
こちらは、多くの家族連れに来てもらえるように、
楽しげなデザインで進めました。
デザインを出した後、
「利用者は年配者が多いので、デザインは落ち着いたものに」
という要望が出ます。お客は年配者の来場を求めていたんですね。
この結果は、ヒアリングの時点で、
お客が本当に求めていたものを聞き出せてなかったということです。
でも、ここで終わってはダメ。
これがお客が求める結果につながるのかを考えないといけない。
将来的な施設利用年数が短いであろう年配者の獲得をするのが
本当に目指すべきことなのか?
それよりも少しでも若い層を取り込んだ方がいいのではないか?
利用者に年配者が多いからといって、それが良いとは限りません。
ただ年配者が多いというだけかもしれない。
でも、事実を否定することは勇気が要ります。
ある意味、今までのやり方を否定するわけですから。
でも、本当は若い人が入ってくれて、末永く会員でいてくれるほうが、
施設にとっては望ましいことなのかもしれません。
だって、新規会員獲得に追われなくてすむのだから。
ここまでヒアリングの時点で到達して、
提案・疑問することができれば、
残念な結果にはならなかったかもしれない。
お客も自分では考えたこともないことに気付き、
それが正しいかもとなれば、我々に価値を感じてくれるでしょう。
もちろんお客もピンキリですから、
気づかないままでフタをすることもあるでしょうけど。
でも、価値を提供し続けていければ、
そんなお客は相手にしなくて良くなるはずです。
そんなことをダメな営業のおかげで気づきました。
やり切れない仕事を抱え、つまらない結果を向かえました。
でも、そのダメな営業のおかげで気づいたことがあります。
それは「今後どうやってお客と向き合うべきか」ということ。
今までも自分なりにお客に向き合ってきたつもりでしたが、
今回の一連の結果を受けて、さらなる気付きがありました。
お客の求めているものを聞き出すのではなく、
お客の本当に求めているものを聞き出す。
そして、それが本当にお客の求める結果を
生み出すのかを考える。
上記の案件では、お客はスポーツ施設。
媒体は会員獲得のための折込ちらし。
お客のニーズは施設来場促進と将来的な新規会員獲得。
GWということで施設もイベントを企画するなど工夫をしています。
こちらは、多くの家族連れに来てもらえるように、
楽しげなデザインで進めました。
デザインを出した後、
「利用者は年配者が多いので、デザインは落ち着いたものに」
という要望が出ます。お客は年配者の来場を求めていたんですね。
この結果は、ヒアリングの時点で、
お客が本当に求めていたものを聞き出せてなかったということです。
でも、ここで終わってはダメ。
これがお客が求める結果につながるのかを考えないといけない。
将来的な施設利用年数が短いであろう年配者の獲得をするのが
本当に目指すべきことなのか?
それよりも少しでも若い層を取り込んだ方がいいのではないか?
利用者に年配者が多いからといって、それが良いとは限りません。
ただ年配者が多いというだけかもしれない。
でも、事実を否定することは勇気が要ります。
ある意味、今までのやり方を否定するわけですから。
でも、本当は若い人が入ってくれて、末永く会員でいてくれるほうが、
施設にとっては望ましいことなのかもしれません。
だって、新規会員獲得に追われなくてすむのだから。
ここまでヒアリングの時点で到達して、
提案・疑問することができれば、
残念な結果にはならなかったかもしれない。
お客も自分では考えたこともないことに気付き、
それが正しいかもとなれば、我々に価値を感じてくれるでしょう。
もちろんお客もピンキリですから、
気づかないままでフタをすることもあるでしょうけど。
でも、価値を提供し続けていければ、
そんなお客は相手にしなくて良くなるはずです。
そんなことをダメな営業のおかげで気づきました。