今年も行ってきました柳家小三治独演会。
近所の文化センターで年一回。
都心に出かけるのではなく、ふらっと寄席に足を運ぶ。
この気軽さがたまりません。しかも演者は名人小三治。
今回は一列目という幸運。細かい表情まで見えます。
いやはや小三治はすばらしいです。
落語というのは噺が決まっているんで、誰がやっても内容は同じ。
でも小三治がやると落語というより小三治です。
前座の人たちはみんな噺を演じようとしてるんですね。
現代に生きる自分がいて、江戸時代の登場人物になりきり、また自分に戻る。
小三治はずーと小三治。小三治が現代から江戸へと自由に散歩してる感じ。
だから噺の内容にギャップを感じないんです。
噺に出てくる人の名前や環境が江戸時代なだけ。
まあ人間ってのは昔も今も大差ありません。
落語はその人間の滑稽なところをおもしろく話すわけで、
なにも江戸時代の人になりきらなくてもいいわけです。
200年ばかし昔にこんな馬鹿な人がいましてね~という感じで。
勉強になります。
近所の文化センターで年一回。
都心に出かけるのではなく、ふらっと寄席に足を運ぶ。
この気軽さがたまりません。しかも演者は名人小三治。
今回は一列目という幸運。細かい表情まで見えます。
いやはや小三治はすばらしいです。
落語というのは噺が決まっているんで、誰がやっても内容は同じ。
でも小三治がやると落語というより小三治です。
前座の人たちはみんな噺を演じようとしてるんですね。
現代に生きる自分がいて、江戸時代の登場人物になりきり、また自分に戻る。
小三治はずーと小三治。小三治が現代から江戸へと自由に散歩してる感じ。
だから噺の内容にギャップを感じないんです。
噺に出てくる人の名前や環境が江戸時代なだけ。
まあ人間ってのは昔も今も大差ありません。
落語はその人間の滑稽なところをおもしろく話すわけで、
なにも江戸時代の人になりきらなくてもいいわけです。
200年ばかし昔にこんな馬鹿な人がいましてね~という感じで。
勉強になります。