なりたい自分と
やりたくない自分と

何かをやり遂げても達成感が得られることが少ない。

認められたいという欲求、、、、、

、、、
、、、

ない

そんな人もいる。

僕がそうだ。

僕には兄弟がいる上にも下にも

間に挟まれたぼく

そして常に劣等感を与えられ続けてきた。

親にも、、、バカだからとか、なんであんたはいつもそーなのとか、、、

おねしょが治らなかった小学生3年生まで

トイレにはちゃんと寝る前に行った。

しかし、、、

夢の中で
ガンダムが宇宙へと飛び立つ瞬間
ぼくのおねしょもカウントダウンが始まっていく。
そして、暖かいふとんから
冷たいふとんへと離陸した。
そして目が覚める。

やらかした。

小学生3年の時は、知恵が付いていたので
家にあったふとん乾燥機を夜な夜な使い

乾かしてみた。

親が寝ている。

しかし、小学生3年にもなると、、、乾燥するのも水分量が多くなかなか完全には乾かない。

1時間ほどたってぼくは諦めて
濡れた箇所にタオルを敷いて寝た。

一度、屈辱的だったことがある。

歳の離れた兄弟はまだオムツをしていた。
当時まだ1歳だっただろうか。

そのオムツを学校から帰宅した僕におねしょした罰として母親が履けと強要したのである。

僕は悲しかった。

泣いた。

そして履いた。

なんとも言えない劣等感。

今なら充分、精神的虐待と捉えられるだろう

しかし、当時はそんなこともニュースで取り上げられることは少なかっただろう。

テレビが主流の時代、、、

インターネットも携帯電話も普及する前の出来事だ、、、

誤解が無いように言いますが、、、ただ親のことが嫌いなわけでは無い。

大切にしてくれていたのは充分分かっている。
しかし、、、否定をされ続けた結果。

自分のスタート地点が常に
人よりも劣っているというところからコミニュケーションが始まっていくようになった。

それは、、、今でもそーだ。

この事をネガティヴに捉えがちだが

実はそーでも無い。

ポジティブな捉え方もできる。

下がった所からは上っていくだけになるからだ。

初対面の人からみた僕の印象は、人見知り、寡黙、なよなよしている。っていう印象。

そこから、会話していくとよく喋るねと言われる所までいく。

初めの印象と全然違うと言われる所までいく。

ギャップを作る。

そうすると相手にはより強く印象に残る。

自分の育った環境は変えることは出来ない。

それでも、、、悲観する事なく、発想の着地点を変えてしまえば

自分が求めているものに近づいていける。

理想の手前を気にしないこと。

大事にしてること。