救護施設にいて学び、

経験をシェアしさせていただきながら、

気付いた自然の摂理も伝えられたら幸いです。


今日は、

救護施設の食事環境で、

「余ったらならくれればいいのに…」ということについて書きたいと思います。


フードロスだから、

残ったものを大切にすべきというお話もあるかもしれません。


配膳前で残ったものは職員が食べています。


しかし、

1人決まったおかずを、

食べないけど取って、

(取っていないと言われてしまうので)

そのおかずなどを、

結局食べずにただ廃棄するだけの人がたくさんいます。


救護施設では、

様々な健康状態の人がいるため、

食事を他の人にあげてはならないことになっています。


でも、

中にはあげる人もいる訳です。


そんなとき、

それ狙いで動く人もいる訳なのです。


決まった食事料金がかかっていて、

(1日1500円)

一食実質500円の食事を

捨てるということ。


でも、

ガンで退院したけど、

食欲がない人、

施設に長くいて、

料理に飽きてしまった人。

(3ヶ月でも同じ料理がかなりあったので、

数年いる普通の人はきっと、、、)

または、料理に文句を言って食べない人もいます。


私は、

どんなお食事でも、

ありがたくいただけました。

同じ料理でもおいしかったし、

料理のレベルに文句はありませんでした。

こういう味もあるんだ目

再発見ラブのような感じでした。


だから、残す人、

もったいないなと思いながらも、

そもそも食べられない方も

一律同じ料理な訳で、

ある意味、

栄養学より大切なことってあるよねって思ったんですよね。

その人にあった料理を食べること。

そして、それは生き甲斐なんだと。


一律にしようと思うと、

フードロス化、

一律で教育も

外れる人がいるように、

同じことを繰り返していますよね。


ただ、

どれも残されたものでも、

外れたものでも、

価値のある存在なんです。


それを、

自分が払っている対価以上に貰おうとすること、

自分の行い以上にただで食べようとすることは、

いやしい心であり、

エネルギーのバランスが崩壊し、

ネガティブカルマを作り、

人生が大変になるということに気付きました。


高額納税者は、

その行いのバランスをしっかり行っている方であります。


今日も素敵な気付きをありがとうございますアップアップアップアップアップアップアップ