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「お金はない方が幸せかもしれん」
これは、お金そのものの存在を否定しているのではなく、お金が一番大事とか、お金が全てを解決する、と心底思っている場合のことを指している。
「お金はない方が幸せかもしれん」
これは、お金そのものの存在を否定しているのではなく、お金が一番大事とか、お金が全てを解決する、と心底思っている場合のことを指している。
同様に「肩書がない方が幸せかもしれん」
というのも、肩書があれば偉そうにできるとか、いい思いができるとか心底思っている場合のことを指している。
つまり、お金と肩書さえあれば、世の中を幸せに闊歩できると思い込んでいることが、不幸せなのだと言うことだ。
確かに、お金がないと生きてはいけないし、
肩書があった方が便利なときも多々ある。
それはそれなのだ。いきすぎていること、それに固執しすぎることがヤバイのだ、、、。
お金はツールだ。
何かが欲しいときに交換するツールなのだ。
お金よりも「何か」の方が重要なのだ。
「何か」が、本当に自分の欲しいものなのか知っていることの方がよっぽど大事なのだ。
だから、お金がない方が必要なものや欲しいものをちゃんと考えるから、いいときだってあるのだよね。
肩書もね、それに固執するとね、要らん嫉妬を産んだりするからね、人から頼まれた以外は、つまりは、自分からはねだらない方が、幸せに生きる秘訣だったりすると思うのだよね。
もちろんね、肩書に対するプライドはね、あっていいと思うよ。責任をしっかりとるということにおいては。偉そうにできるからとか、名誉とか、責任と行動が伴わない肩書を持つ人は不幸を運ぶ人になって、結局誰も幸せになれなさそうだよ、、、。
お金も肩書も、占星術で考えると、
地(枠)とその中に入る水(人)だよね。
これからの時代は多分、それらは真に本物しか残らなくて、つまり、枠と中身が一致しているものしか残らないと思うよ、、、。
前の記事で書いたような、
聖母の肩書を持つ人なのに、本当の性格は???なんて場合はたち行かなくなる。
そして、お金は必要なんだけど、これまでのように最重要なもの、じゃなくて、ほんとにツールになると思う。
交換できるものの方にちゃんとスポットが当たると思う。お金を持っている人じゃなくて、作れる人の方に目が行くのさね。たぶんね。
というわけで、お金と肩書
お金いっぱいなくても、立派すぎる肩書がなくても幸せを感じることができるように、自分を戻していくことが大切かもしれないわねー。
最後まで読んでくださってありがとうございました。