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私が小学生の頃は「道徳」の時間がありました。短い物語がいくつか入った冊子を読んで感想をのべるような授業だったと記憶しているのですが、ついこの間、たまたまNHKの未就学児から小一向けの「でーきた」を見ました。

加藤諒さんが出ている道徳番組で
できないことに気がつけばできるようになる
っていうのがテーマのようです。

その時見た話の内容は、主人公の男の子が人の話が聞けなくて、色々困ったことが起き、先生や友達の話しはちゃんと聞きましょうねっていうオチなのですが、、、。

内容はシンプルでわかりやすく、私の時代の道徳と対して差がないように感じられました。
でも、それで気がつけました。

話が聞けないと
●友達を悲しませる(話の腰を折る)
●自分が恥ずかしい(質問と違う答えをする)
等々の問題があるから話を聞きましょうねって言ってたのですが、

もっと前の問題、
そもそもなんで話を聞かないの?
とか、
マイナスにフォーカスするだけじゃなく、
話を聞いた方がいいことって?
っていう視点があった方がいいんでないかなと。

私自身、子供のころから、このマイナスによる●●しないとダメみたいな思考回路を学校道徳教育で植え付けられてきたなあ、と気がついた次第。

だから、会社の前会長にかなり横暴な指示を受けても耐えてしまったりしていたことにも気がつきました。(たいていの人は横暴すぎるのは聞き流していると思う。)

道徳的には先生や上司の話は聞かないといけない、絶対、みたいなね。

んなこた、ないよね。

話を聞かないときがあっていいし、

暴言ばっかり、相手のことを微塵も考えていない、自分の利益のためだけに行動しているような人の話をなぜ聞かなくちゃいけないの?
聞いてもいいけど、なんでそれを行動しないといけないの?

楽しくもなく、ためにもならん話を永遠に聞く必要はないんよ。
聞いてあげない方が、むしろいいんでない?ってときだってあるのだ。

この道徳の話は、自分に話してくるのは、いいこと(必要なこと)だけっていう前提条件がついているのに、それは教えていないんだよなあ。

(まあ、当たり前なんだが、、、)

・・・

この番組は、かなり小さいお子さま向けだからそこまで必要ないんじゃないかとも思うけど、どうしても大人が都合のいい子を作ろうとしている感じがするんだよなあー。

社会に出てからのことを教えるんじゃなくて、学校という狭い中にいるときにだけ通用する方法で、しかも先生に都合のいいようにね。

最後はね、ちょっとした意見だ。
話を聞いてもらえないのを聞かない子供が直すってだけにしちゃダメだよ。
大人は聞いてもらえない理由を子ども一人ひとりを見て考えて、それに合った対応をしないとね。

聞かない理由なんてそれぞれでしょ。
そこを受け入れないで、ひとくくりに聞けー!ってのはね。

もちろん、危険な場合とか、絶対に大人に従わないといけないときも存在するよ。道路は飛び出し禁止とかね。

まあ、今回の番組もそういうタイプの男の子の話である、そういう男の子の解決方法を紹介したって言ったらそれまでなんだけどね。
あと、あんまし細かいこというと番組作れないだろうしね。

・・・

私もそうやって一人ひとり見ていかないとね。
みーんな同じ、じゃなくて同じとこもあるけど違うとこもある。どちらかと言えば違うところの方が多い、のが人なんだからさ。

最後まで読んでくださってありがとうございました!