ブログにご訪問ありがとうございます。
この前の記事「自分の不幸を書き出す」の続きです。
わかりました。
私は、もしかしたら私たちはみんな
なんでかははっきりしませんが
「不幸である」
と、思い込まされている気がします。
少なくとも私は
今のままでは不幸である、
と常に思わされてきました。
そして、私もそれを、疑っていませんでした。
もっともっともっと
仕事がうまくできるようになろう
お金をちゃんと稼ごう
友達と楽しく遊ぼう
もっともっともっと
完璧を求めて生きてきました。
不幸を、なくそうと、
完璧になれば幸せになれると思っていました。
そもそもそれが間違いだったんだ。
私たちはすでに完璧です。
だって、生きているんですから。
完璧を履き違えてました。
仕事がうまくできるようになろう
お金をちゃんと稼ごう
友達と楽しく遊ぼう
こう、思うことは不幸だからじゃあありません。
単に魂がそうしたいと思っただけです。
しかも、だからこそ、
それは完璧なんです。
そう、思えることが完璧なんです。
苦しいから止めたい も
お腹が減ったからご飯たべよう も
腹だたしいから怒る も
みんな完璧なんですわなー。
心が魂が動いているじゃないですか!!
不幸ってのは、
そういった心・魂の感情がわからなくなったときや、
心・魂の感情に従えなくなったとき、つまりその気持ちにそった行動をとれないときが
不幸な状態なのだとわかりました。
私たち、ひとりひとりの魂を心を、他人に操作させてはいけない理由はここにあったんだな。
誰が悪いってわけじゃないけど、
学校でも
会社でも
魂に従えなんて誰も教えてくれんからなあ。
感じかたも教えてもらえんからなあ。
学校や会社からは
学校や会社にとっての 正しい答え(行動)を
学校や会社にとっての 完璧な答え(行動)を
求められるばっかりだったから
つまり、魂のやりたいことじゃなくて
外側の正解を探してばかりいたから
どうしても、
今のままは不幸な状態で
完璧な未来を目指すことで
いつか幸せになれると
私は思い込むようになったんだろう。
気がついた。
なんとも幸せ。
私の幸せは私にしかわからん。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
読んでくださったかたも、今、きっと幸せです。