自分の気持ちに正直に生きよう
どんな仕事に就きたいか、好きなこと、やりたいことが分かっているのならあとはただとことん突き進めばいい。
大谷翔平や藤井聡太のように自分のやりたいことができる人は幸せだ。
ただ、自分もそうであったように、やりたいこと、やってみたいこと、好きなことがわからない、漠然としている、そういう人って多いと思う。
そういう人はどうやって自分の進路を決めたらよいのだろうか。
むかし、高校1年生の3学期のある日、同級生から相談に乗ってほしいと頼まれた。
理系に進むべきか文系に進べきむか進路を選択するのに迷っている、ということだった。
彼は理系の仕事には興味があるが数学が苦手だと言う。
逆に文系は得意だけれどもあまり文系の仕事には興味はない、とも言う。
得意を取るか興味を取るか、究極の選択だった。
僕はしばらく考えた後、こう助言した。
「何事もまず好きでなければ物事は進められないよ。理系の教科が苦手だとしても、好きなことがあるんならそっちを優先するべきじゃないか?」
彼は相当悩んだあげく、最終的には理系へ進んだ。
僕は文系へ進んだのでその後一緒のクラスになることはなかったのだが、志望大学にも合格し、卒業式の時、笑顔で僕に「あのときは相談に乗ってくれてありがとう」と感謝の言葉をもらった。
後悔はしていないようだったので僕も安心した。
かく言う自分はどうだったかというと、数学が嫌いで苦手、特にやりたいこともあるわけでもなく漫然と文系の大学へ進んだ。
デザイン関係の仕事に興味はあったが、親が芸大受験を認めてくれなかったからだ。
税務署に就職してからというもの、辞めようと思ったことは数えきれないほどある。
辞めようか悩んで「自分は今の仕事に向いていないから辞めたいと思う。」と先輩に相談すると、いつも決まってこう言われた。
「お前が仕事に向いてないと言うんだったらいったい誰が向いているって言うんだよ。お前は辞めない方がいい。後輩たちだってお前を信頼しているじゃないか。」
そうかもしれないとそこでまた考え直し、ずるずると仕事を続けることになったのであった。
何か「これは絶対やりたい」と思うことがあったなら、間違いなく僕は辞めていただろう。
税理士の資格は持っていたが、税務に興味はなかった。
退職後にカメラを始めたが、これも趣味の域を出ない。
毎年フォトコンに入賞しているし多少は上手いと自分では思っているが、これを職業にしようとは思わない。
仕事にしたいほど好きなこととかやりたいことってのは、何か運命的な出会いとかきっかけがないと見つからないものなんだと思う。
だからといってそんな出会いやきっかけを「自分から見つけよう」としてはいけない。
挫折と虚無感が待っているだけだ。
ただ自分の気持ちに正直に生きればそれでいい。
それで自然と自分の進む道は見えてくるものだと思うから。
「自分の気持ちに正直に生きる」とは「我慢をしない」ということでもある。
やりたいことがあったらやればいい、言いたいことがあったら言えばいい。
それは満足感、充足感そして幸福感を感じるために必要なことだから。
ただ、相手のあることだから言い過ぎ、やりすぎには注意しないといけない。
お互い人権はすべての人に等しく与えられているものだから。
何でもやってみるのがいい。
いろんな人に会ってみるのがいい。
いいことばかりじゃないけれど、嫌なことがわかればそれを避けるようにして進めばいい。
困難に立ち向かうばかりが人生ではない。
時代は日々刻々と変化していっている。
社会の変容、価値観の変容。
富や名声などには価値がないと気づく時代がすぐそこに来ている気がする。
やりたいように生きようじゃないか。
我慢して生きるほど人生は長くはないのだから。