いじめる側が得をする国 日本 | koutaroのブログ

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 隠ぺい体質の学校現場

以下は某新聞記事の抜粋ですが、まず読んでいただきたい。

 いじめ報告書、両親望むも公表せず

   滋賀・湖南市立小の「重大事態」

出典(2023年7月26日  中日新聞社独自取材より)

 

滋賀県湖南市立小学校に通っていた女児(10)がいじめを受け、市教委がいじめ防止対策推進法に基づく「重大事態」に認定していたことが分かった。市教委は一月に調査報告書をまとめたが、「事案を総合的に勘案した」として公表していない。両親は「いじめがなかったことにされてしまう」と公表を望んでいる。

 報告書などによると、小学一年だった二〇一九年四~七月、同級生一人から「どけや」「お前は話しかけるな」などと言われ、腹を蹴られることもあった。小学四年だった昨年五月には別の同級生二人から「死ね」「ブス」などと書かれた紙を渡され、以後七十日以上登校できなくなった。

 翌月、女児と母親が学校を訪ね、校長らと話し合っている間に、女児が「死んだ方がいいの?」と泣きながら窓に向かって走り出し、同席した市教委担当者が制止した。女児はその後、いじめを理由に転校した。

 女児と両親は当初から担任にいじめを訴えたが、管理職らに報告がなく、校長は一九年八月に両親の訴えで知った。その後、教室の席を配慮するなど女児と加害児童との距離をとったほか、加害児童の両親との話し合いの機会も設けた。

 

 被害児童の両親は不信感募らせる

「調査報告書の公表がなく、いじめを隠そうとしているのではないか」。女児の両親は取材に湖南市教委への不信感を明かした。

市教委から公表の意向を聞かれることはなかった。

「なぜ公開して今後の教訓にしないのか」と憤る。

母親に「今の気持ちを書いて」と言われ、女児はノートに「先生はまもってくれなかった」「わたしがしんだらいいの」とつづった。両親は「悪ふざけと思ってやったことが原因で、子どもが命を絶つこともある。心からの謝罪がほしい」と願った。

 

いじめた側が得をしていいのか

なんでいじめられた側が転校せにゃならんの?

おかしくないか?

いじめる側が「力」があるからなのか?

腕力、屁理屈上手な説得力、金力、権力、、、

力ずくで「いじめたもん勝ち」が正当化されるのなら、今のロシアと何も変わらない。

弱い者を助けるのが「正義」じゃないのか?

つまり今の日本には正義がないってことだ。

 

学校の対応も甘すぎる。

いじめが深刻なら、学年途中でもクラス替えをすべきだし、ドラマ「最高の教師」のように全クラス天井に監視カメラでも設置すればいい。

要するに教師の質が低下しているのだろう。

だから力のある者、強い者には従い、弱い者にはいじめられていても見て見ぬふりをする。

教師とは学校の勉強を教えるだけが仕事ではないはず。

学校の勉強を教えるだけなら塾で十分。

社会の人間関係を教えるのも教師の職務ではないのか。

それができない質の悪い教師が増えていることにも問題があるのだと思う。

 

さらに注目していただきたいのは記事の最後。

 

両親は「悪ふざけと思ってやったことが原因で、子どもが命を絶つこともある。心からの謝罪がほしい」と願った。

 

つまり「未だ謝罪さえ受けていない」という点だ。

思うに、本来的に「何が悪いことで、してはならないことなのか」が分かっていないんじゃないか。

反省すらしていないのではないか。

問題児の性格、行動は家庭の影響が大きく、両親が適切な教育をしていない面もあるだろう。

他人をいじめる、殴る、蹴るで服従させ支配する、そういった野蛮な子供たちが誰からの注意も指導も受けずに大人になり世の中に出て凶悪犯罪を引き起こしたりすることはよくあること。

教職者は時には法律で、つまり校則などで「重大事態を起こした生徒は退学処分にする」くらいの強い姿勢で学校教育に臨んでいいと思うし政治もそれを実現させる支援をするべきだ。

 

「力による現状変更を認めない」

これは政治だけじゃない。

民主的な平等社会を目指す人々の共通の願いだ。

いじめた側が得をする社会であってはならない、と強く思う。