ジャッキー・チェンの両親のたどってきた数奇な運命を元ネタに、華誼兄弟(Huayi Brothers)によって映画化された「三城記」。

(香港公開時ポスター)

 

2016年の8月24日にDVD化されていたのを、うっかりして今頃鑑賞。

 

ジャッキーについては大陸にこびへつらいすぎだとか、いろいろ文句もある人も多いだろうし、その両親の逸話が中国映画になっちゃうと、美化されすぎちゃうんじゃないかとか憶測もあるだろうけれど、いやはや映画として文句なく面白かった。

 

監督はあのメイベル・チャンだ。

いくら中国大陸の映画であろうが、作品性を犠牲にしたりはしない。

(こちらも香港公開時ポスター)

 

メイベル・チャンの映画だとレオン・ライ&スー・チー主演の「玻璃の城(原題:玻璃之城)」が、もっとも有名なチョウ・ユンファ&チェリー・チェン主演作の「誰かがあなたを愛してる(原題・秋天的童話)」よりも、けっこう私にとっては思い出深い。

 

メイベルの母校である香港大学の校舎が取り壊される前に撮ったという玻璃の城は、かんたんに言えば不倫を題材にした作品ながらも、1997年の大陸への返還後の北京語習得やら北米へ移民したインテリ二世たちの帰国といった極めて香港的な問題を扱っていて、興味深かったし、20年近い時間軸を描きながらも、監督の考えで、あえてスー・チーに老けメイクをしないことで、大人の恋愛を不潔なものに感じさせない工夫がされていた。

当時若かった私も、この映画を見て不倫モノという印象は持たなかった。それだけ世の中には理屈や道徳では割り切れない、どうしようもない感情もあるということを、そのちょっと前に公開された、ピーター・チャン監督の「ラブソング」とともにしみじみ感じたものだ。

 

メイベルは本作の前に、やはりジャッキー・チェンの家系を描いたドキュメンタリー作品「失われた龍の系譜―トレース・オブ・ザ・ドラゴン(原題:龍的深處 - 失落的拼圖」という作品を2003年に撮っている。

 

こちらは香港映画であったが、香港や中国では劇場公開されなかったらしい。

 

もちろん、ジャッキーの父である房志平が、国民党のスパイであったという(大陸中国にとって)あまり好ましくない事実が描かれていたからであろう。

 

で、本作「三城記」である。

 

こちらはフィクションを交えて描かれているという。

だが、房志平が国民党の特務員であったことははっきり描かれている。

 

作中、房志平がその後に国民党からも追われる身になり瀕死の重傷を負うが、そのとき共産党員からの支援で輸血をしたおかげで助かったということが作品のなかで描かれる。

 

もしかすると、この部分はフィクションであるかもしれない。

共産党に助けられた人間として描くことで、中国公開映画としてバランスをとっている可能性はある。

 

すでに房志平は故人であるので、この映画を撮ることができたのかもしれない。

 

ジャッキーの両親は、日中戦争後の国共内戦が激化するどさくさに、香港に逃れたあと、オーストラリア大使館で料理人として働くために、今度は豪州に渡っている。

しかも、料理人であったというのは事実らしいのだが、大使館で働いていたのは身を隠すためであったとも晩年ジャッキーに語っていたらしい。

 

まさに激動の人生である。

 

そうした極めてドラマチックな人生を送った夫婦を題材にした映画なのだから、フィクションをそう織り交ぜなくても十分にエンターティンメントになったであろう。

 

私もどこがフィクションで、どこが実話か、などと野暮なことを考えず、どっぷりと本作に入り込み、感動した。

 

まず、ジャッキーの父・房志平を演じたラウ・チンワンも、母・陳月栄を演じたタン・ウェイも良かった。

 

最近、神経質な役柄が多かったチンワンも、久しぶりに豪快な役柄を演じ、さらにはどことなくジャッキーパパに似ている顔が好作用し、とても似合っていた。

タン・ウェイがジャッキー・ママにどれだけ似ているかはわからない(パパに比べて露出が低いので)が、中国映画界を一時期追われたタン・ウェイだからか、生きるためにアヘン売りや賭博場で豪胆に生きたジャッキー・ママの秘めた強さのようなものを画面に伝えていて、こちらも似合っていた。

 

というわけで、最近の迷言でジャッキーのことを嫌いになった方々にも、この映画は見てもらいたい。

 

最後に一点私が前から気になっていることを。

 

ジャッキーは、メイベル・チャンによるドキュメンタリー「失われた龍の系譜」が撮影される数年前に、ジャッキー・パパから一人っ子ではなく、生き別れた二人の姉・二人の兄がいたことを初めて聞かされたことになっている。2000年頃の話だ。

*「失われた龍の系譜」の配給元であるMAXAMサイト(http://www.maxam.jp/trace/)にそう書かれている。

 

しかし、1980年代初頭に日本でケイブンシャから出ていた「ジャッキー・チェン大百科」あるいは秋田書店から出ていた「ジャッキー・チェン大全科」のどちらかには、ジャッキー・チェンに姉が二人いると確かに書かれていたのだ!

 

これは当時の香港映画評論家であった日野康一さんからもたらされていた情報なのかどうかはわからない。

だが、少なくとも香港マスコミは、ジャッキーに姉がいることはつかんでいたと思うのだ。日本でお子様向けの大百科だの大全科だのに情報が載っていたくらいだから。

 

それにしても、当時のお子様たちはジャッキーのことをもっと知ろうと必死にこうした書籍を読みあさったけれど、その背景に中国共産党と国民党の対立やら、香港から大陸に戻れなくなった人たちのことまでは考えてなかっただろうなぁ。

 

「ジャッキーにはお姉さんが二人いるんだ~」と無邪気に思っただけで、大陸に取り残された姉が二人いるとは考えなかっただろう。かくいう私もその事実とつきあわされたのは2005年に「失われた龍の系譜」が日本で公開された頃でした。いやはやお恥ずかしい。