台湾のチアン・ショウチョン(姜秀瓊)が監督し、東映のマークがついた日本映画『さいはてにて―やさしい香りと待ちながら―』(2015)。
配給が東映なくらいだから、そんなに観るのが困難な作品ではなかったはずなのに、なぜか見逃してしまい、DVDになってだいぶ経ってからの鑑賞。
それでもなぜか自分の家から一番近いレンタル屋にはなく、DVDは昨年の九月にはレンタル開始されていたはずだったのに、ようやく観た。
レビューするには、機を逸してすっかり遅くなってしまったけれど、良い映画で自分的には余韻が残ったので記事にしておきたいと思います。
ロケ地は石川県能登半島の珠洲市。
ここがまた「さいはて」というのにぴったりなロケーション。
ストーリーの最初はこんな感じ。
主人公の吉田岬(演じるは永作博美)は、四歳のとき両親が離婚し、母に引き取られたために、漁師だった父と離ればなれに。
以来、30年も父とは会っていない。
8年前に父の乗った漁船は遭難事故を起こし、行方不明になってしまった。
物語は、父の残した借金をとりたてにきた弁護士(演じるはイッセー尾形)が、娘の吉田岬と交渉する場面から始まる。
若くしてコーヒー豆輸入ネット販売で成功し、生活に余裕のあった岬は、「借金は私が払います」ときっぱり言い放つ。
ダメもとでとりたてにきていたはずの弁護士は、あっさりと借金を背負うことを申し出た岬に驚く。
そして、借金だけでなく、まったく資産価値のない漁師小屋は残されていると告げる。
岬は、父と過ごした唯一の思い出が残る漁師小屋でコーヒー焙煎をしようと思い立つ。
そして、<さいはて>に立てられた漁師小屋を久しぶりに訪れた岬は、荒れ果てた小屋をリフォームし、焙煎設備を運び込んで出荷体制を整えると、ここで今までの仕事を引き継ぎながら、父の帰りを待とうと決意する。
という具合。
サブタイトルになっている「やさしい香りと待ちながら」は、コーヒーの香りに包まれながら、父を待つという岬の気持ちを指している。
岬の商売の成功の経緯や、岬の母はどうなったか、岬自身に家族はいるのか、など一切語られない。
そして、
漁師小屋(いまは焙煎小屋)の近くの旅館に住んでいるが、ほとんどを金沢のキャバクラに出稼ぎに行って過ごす山崎絵里子(演じるは佐々木希)という名のシングルマザーと出会う。
そして、不在がちな絵里子の二人の子達、姉の有沙、弟の翔太との交流が自然に始まっていき・・・
というもの。
私は永作博美の演技は大好きで、彼女の出ている作品はほぼ全て観ている。
今回も主人公の背景設定が語られないために、観客には人物像もはっきり定まらないなか、30年前の父との邂逅を大事に想う、心のどこかに悲しみを宿した女性の雰囲気をしっかり出していて、すばらしかった。
対して、永作の相手役が佐々木希と知り、彼女の演技はよく知らなかったから「正直どうかなー」と思って見始めたが、実はこれがなかなか上手かった。
高校中退で、若くして子どもをこさえてしまった元ヤンキーという、ちょいあばずれなヤンママ(死語?)のキャバ嬢・絵里子の雰囲気はよく出ていたし、その後に岬役との交流で、徐々に本来の優しい人柄を取り戻して、性格を変えていく、その流れは若干性急な感じもしたが、難と言えばそれくらいで、演技はなかなかよかったと思う。
そして、なんといっても、子役に絡ませたのがよかったかもしれない。
絵里子の娘の有沙を演じたのは、テレビドラマ『明日、ママがいない』で芦田愛菜ちゃんとともに、茶の間を泣かせていた名子役(と、私が感じた)子だった。
その子は、上ドラマで、ピア美というあだ名の子を演じていた桜田ひよりちゃん。
私はこのドラマにはけっこう泣かされたが、ピア美のエピソードでは一番泣いた。
ドラマを見ているときは、芦田愛菜ちゃんは知っていても、この子の名前までは知らなかった。
けれど、この子の演技は、子役一流の教科書通りな泣きの演技なのだが、それがわかっていても胸に刺さるのだ。
今回も涙腺にグイグイ訴える泣きの演技で魅せてくれて、佐々木希とのからみのシーンをとても自然なものにしていた。
一方、弟役の子役くんは今回はじめて観ました。
こちらも上手い。
調べたら、保田盛凱清くんという子が演じていました。
子役っぽくない、つまり自然な演技が出来る子って感じ。
というわけで、上手い子役に支えられつつ、佐々木希がダメな母親役を演じるというのは、かなり絵柄的にも自然で、相乗効果を生んでいたように見えました。
いや、たぶん、佐々木希も実は演技が上手いんだと思う。
いままで彼女の演技をちゃんと観たのは『風俗行ったら人生変わったwww』(2013)というコメディ映画だけで、わざと大根役者的に演じさせられていた。が、しかし、それで余計に面白い映画にはなっていた。
てっきり、その通りのやや大根な役者(なんじゃ、そりゃ)だと思ってました。
いやはやゴメンなさい!
これからは佐々木さんの映画にも注目して参ります。
というわけで、永作と佐々木という映画でのキャリアには、大きな差がある二人の組み合わせだったわけですが、良い具合にマッチしていた映画になってます。
監督についても少し。
1969年生まれの台湾人女性監督のチアン・ショウチョン(姜秀瓊)は、そのキャリアを女優から始め、エドワード・ヤン(楊德昌)やホウ・シャオシェン(侯孝賢)にも師事したとか。
女優として我々が知り得やすいのは、エドワード・ヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』(1991)でしょう。
逆に言うと、それ以外の女優実績はほとんど知られていないのでは?
とはいえ彼女は、この映画で金馬奨の助演女優賞をとってます!
エドワード・ヤンらとの交流はこの頃からすでにあったんですね。
wikiの中文版で調べてみたら、たしかにエドワード・ヤンのやホウ・シャオシェン映画で助監督を何作か、やっています。
ちなみに、本作の中国語タイトルは、wiki中文版では『舟小屋物語』だって。
実際に釜山国際映画祭ではそのタイトルで上映された模様。
しかし、台湾で公開される際は、『寧静 珈琲館之歌』になった模様。
台湾版の映画ポスター(寧の字の一部に「ア」が、静の字には「ま」が隠れている!)
台北電影節(台湾の映画祭)では、観客賞と外国映画部門の主演女優賞(永作博美)をとったとか。
ところで、本作を演出するにあたって、チアン監督は自分のチームを連れてくるのではなく、日本の製作陣を使ったそう。
そのため、監督の自由度(台詞を変えるなど)が台湾よりも少なく、苦労したと「もっと台湾」というサイトのインタビューに答えています。
まだこの一作だけではチアン監督の力量は私にはわかりませんが、他の映画も観てみたいなと思わせる作風でした。
淡々とした作風は、もしかすると、師事したエドワード・ヤンとかホウ・シャオシェンの影響はあるかもだけれど、極端に静というわけではなく、ところどころの絵の撮り方がうまく、動がある感じがします。
映画のなかで使われたギターや波の音と画の組み合わせもよい感じでしたし、もう1本なにか観てみたいな~。
最後に余談。
本作が影響で、主演の永作さん、コーヒーにすっかりはまってしまったそうで、自分で焙煎したり、豆を選んだりしてプライベートな楽しみにしているんだとか。
影響されやすいので、「私もコーヒーを煎れる時間を楽しめるような大人になりたい」なんて思っちゃいました(笑)。
だって、ファンだしね~。