大阪アジアン映画祭2015で鑑賞して、ずっと心に残っていた作品です。


そのときの大阪滞在日程は限られていて、本当はもっともっと見たかった香港映画でしたが、本作品に的を絞って滞在スケジュールを調整。


鑑賞後は、運良く監督のハーマン・ヤウ(邱禮濤)氏のティーチ・インにも参加できました。


そして、予想以上に感動して、映画のシーンを何回も何回も反芻し、自分なりにその愛の形について考えを巡らせた作品となりました。。






主演のシャーリーン・チョイ(蔡卓妍)が血染めで浴槽につかっているショッキングなポスター。


2015年(第10回)大阪アジアン映画祭では、審査員特別賞(スペシャル・メンション)がシャーリーンに与えられましたが、それも納得の演技でした。


レコードチャイナなどのエンタメ情報ニュースでは、「大胆シーンに初挑戦」「体当たりの演技」「アイドルから演技派女優に脱皮」などとありがちな表現で書かれていましたが、そんな表現にとどまらないくらい、シャーリーンの演技が心に響く映画でした。


本作でシャーリーンは、15歳くらいから30歳くらいまでの女性を演じます。実年齢は撮影時にちょうど30歳位だったと思われますが、普段から童顔の彼女のこと。

15歳頃を演じるシーンにみじんたりとも不自然さがありません。すごいです。




撮影中のものと思われるスナップ(御年約30歳!)


そして本作は三級片(18歳以上の映画)なので、彼女のSEXシーンもあるので、ここらあたりが体当たりの演技と言われてしまうのでしょうが、身体を露出するわけではなく、その箇所も含めて彼女の演技力を感じました。


ティーチインでもシャーリーンの事務所(英皇)が良くOKしましたね、などと質問が出ていましたが、ハーマン・ヤウ監督によれば、彼女自身が脚本をいたく気に入り、自らのキャリアの上で必要な映画だと出演にこだわったとか。


2015年3月17日付けのレコードチャイナ記事によれば、

「映画の製作費が800万香港ドル(約1億2500万円)と限られているところ、本来のギャラの10分の1に当たる40万香港ドル(約630万円)で出演」

したのだとか。


さて、大阪アジアンの映画の概略は以下のような簡潔なもの。


渾身の取材記事をお蔵入りにされた雑誌記者のセーラは傷心の果て、タイのチェンマイへ向かう。ある夜、売春をする少女と出会い、みずからの少女時代の秘めた記憶がよみがえるのだった……。シャーリーン・チョイの体当たりの演技が光る。


まさにオープニングのシーンです。タイで直面する少女との出会いを通じて、自らの過去を思い返し、ここから何度も現代と過去をいったりきたりしながら、秘めた記憶である「足長おじさん」との出会い、そして愛の日々の過去にひきこまれていきます。


足長おじさんを演じるのは、サイモン・ヤム(任達華)。

彼もまた40歳代前半くらいから50歳代中盤くらいまでを演じ分けています。


サイモンが演じるのは、香港政府の高級官僚。教育官ということで教育者のはしくれであり、キリスト者でもあるという描写があります。

この男は真面目一辺倒ですが、路頭に迷っていたシャーリーン演じる少女と出会い、シャーリーンの求めで、いわゆる援助交際的ともパトロン契約とも愛人契約ともとれる、妙な関係に入りこみます。

決してサイモンが求めるのではなく、あらがえない弱さのまま引き込まれる感じで。


この映画を観る前、有り体に考えれば、冒頭のポスターにある自殺とも受け取れるシーンは、過去の援助交際歴によってリストカッターになった姿のように予想されるかもしれません。





しかし、この映画ではシャーリーンがサイモンを心の底から愛しているからこその行為であることがわかります。

そして、数々の愛した記憶、相手を思って離れようとした記憶、様々な記憶がタイでの少女との邂逅をきっかけに結びついていきます。

タイの少女に自分を重ね合わせたというより、タイ少女と自分の境遇を比較し、自分には愛があったと客観視するところから記憶が結びついていくのです。

そこらへんのところが、この映画をして、あれこれ考えさせられるキモにもなっています。


社会派映画といえばその通り。

でも、純粋な愛の映画としての要素のほうがもっと強く深い。

そんな映画です。


アジアン映画祭から三ヶ月経っても、まだやはりこの映画については時々、思い出します。自分にとって大切な作品になりました。


さて、話はとんで、この映画の製作者はチャップマン・トー(杜汶澤)です。


そこで思い出すのが、彼の政治的発言によって、チャップマンの映画が大陸で上映禁止になっている件。


しかし、チャップマンは逆に、大陸市場をあてにしないで、つまり中国の検閲によって作品の芸術性をそこなうことなく、香港や海外のマーケットで通用する良作をプロデュースするようになっているとか。

本作の配給はシャーリーンが属する英皇ですが、制作会社はチャップマンの立ち上げた会社です。


これを聴いて、やはり大陸との合作よりも純粋な香港映画が好きな私は、これからもチャップマンを応援しようと思ったのでした。

それに、彼の政治的発言は別に問題発言じゃなく、民主化を支援する香港市民としては当然のものだしね。


一昨年の大阪アジアン映画祭では『低俗喜劇』の主演がチャップマンで、そのちょいエロくてブラックな作品が出品されてた彼。考えてみればあの作品の製作も大陸をあてにしない彼の会社(そりゃ、こんな作品は大陸じゃコードにひっかかりまくりでしょ!)。





けれど、やっぱ香港映画的魅力に充ちていました。

これからも良作(香港映画好きにとっての良作)を作り続けてほしい。


そして、本作『セーラ』は本当に良かったです。

チャップマン、ハーマン、ありがとうございます。