実はずいぶん前に見ていたフィリピン映画『SHIFT~恋よりも強いミカタ~』なのですが、ちょっと時間が経ったレビューです。


昨年の10月25日から新宿シネマカリテで上映がスタートして、その後に大阪や名古屋など主要都市を少しずつ巡って昨年末くらいまで上映が続いていました。


まだDVD化されていないのですが、そろそろかなという気もするので、MEMOとして感想などアップしておきたいと思います。

ただ、配給したのがピクチャーズデプトという新しい会社なので、あまり情報が入ってきません。


さて本作、大阪アジアン映画祭2014でグランプリを獲得した映画です。





フィリピンのおそらくはマニラあたりの英語圏向けコールセンターで働くヒロイン・エステラ(真っ赤に髪を染めたほう)の日常と叶わぬ恋愛を描いた作品。


トレーラーの宣伝文句は、


 「恋する惑星」×「胸騒ぎの恋人」×アジアン・ニューウェーブ


となっておりました。


『恋する惑星』(1994)は言わずもがなウォン・カーウァイ監督の香港映画で、日本でも同監督による『天使の涙』(1995)などとともに、カーウァイ映画ブームを引き起こした、若者の不器用な恋愛模様をクリストファー・ドイルによるスタイリッシュな映像で綴った作品。


『胸騒ぎの恋人』(2010)はグザヴィエ・ドラン監督によるカナダ映画。私は未見ですが、グザヴィエ・ドラン自らが演じるゲイの青年、その友達でストレートの女性、そしてその両方から好かれてしまう美青年の三角関係というストーリーらしい。

この映画の日本での配給元もピクチャーズデプトで、日本での公開は2014年2月1日からでした。


で、本作『SHIFT』はと言うと、赤い髪の主人公エステラはストレートの女性だが、職場仲間であるゲイの青年トレバーと親しくなるうちに、恋をしてしまうという話。





よってストーリー仕立ては『胸騒ぎの恋人』に似ているのかもしれない。

しかし、二つのカップルをめぐるエピソードが相互に結びついていない断章のような映画である『恋する惑星』とは全く似たところがありません。


配給側としては、スタイリッシュなアジア映画という括りで、真っ先に思い出されるであろう『恋する惑星』を観にいくようなノリで、『胸騒ぎの恋人』のようなゲイがモチーフの映画に興味を持ってくれれば、ってことだったんでしょうか。


確かに、本作『SHIFT』の主人公エステラは、ゲイの青年側の迷惑を顧みず、しかももともと存在した友情を壊すことも厭わずに、自らの恋の成就を求めるような、ゲイ社会側から見たらちょっと迷惑な女性。





しかもエステラはチェ・ゲバラに心酔しているような、かなり過激な女性。

この迷惑な革命家ぶりが、『恋する惑星』でフェイ・ウォンが演じた住居不法侵入を敢行する女性ヒロインに通じるところがないでもありません。





ただ、フェイ・ウォン演じたフェイが、相手役のトニー・レオン演じる警官663号に深刻な被害を与えていないのに対して、エステラの行動はちょっと自分勝手過ぎるように、私には思えました。


だって、ゲイだとカミングアウトしている男性に対して、ストレートの女性がアタックし続けることはちょっとどうなのかな、って思うのです。

しかもバイセクシャルというそぶりもない、完全にオカマな振る舞いの相手なんですよ。

それは、ある意味、ストレートの男性をゲイ男性がくどく行為よりも未来がないわけで、そのジェンダー観念のなさが、正直あまり共感できなかったです。


ただ、本作の監督自身があるインタビューで答えていたところによると、フィリピン社会がゲイに対する理解度はともかく、バイセクシャルな人に対する理解がないことを本作で問い直したかった、というような回答をしていることから、あえてそういうストーリーにしたとも受け取れますね。


そういうことであれば、フィリピン社会の現実と、折り合いをつけた結果、こういう話の展開になったと考えることもできます。


エステラのような過激な女性をあえて描いたことも、フィリピン社会が女性の社会進出や女性を型に押し込めない風潮になってきたことを示す意味で象徴的なキャラクター造形をしたとみることもできそうです。


とはいえ、本作の見所は、ストーリー以外にたくさんあって、それらを列挙するならば


 ・現代フィリピンの若者にとって、英語圏向けコールセンターのオペレーターはメジャーな職業であること


 ・上記に関連して、フィリピンの若者の英語力は総じて高いこと


 ・現代フィリピンにも、韓流ブームが到来していて、男女ともにK-POP風のスタイルが流行していること


 ・フィリピンで都市生活をエンジョイする若者の姿を垣間見えること


 ・フィリピンの若者(大卒)はチャットやSNSを自在に使いこなしていること


 ・フィリピンもタイと同じようにゲイが多い(ようにこの映画のなかでは見える)こと


 ・上記に関連して、彼ら(バイではない)ゲイが市民権を得ている(ようにこの映画のなかでは見える)こと


などです。


この作品が大阪アジアン映画際で評価されたことは理解できるし、私もストーリーそのものには共感できなくても、こんな若い感性のフィリピン映画をもっと観たいって思いました。


本作の監督シージ・レデスマは、自身もコールセンター勤務経験がある新鋭の女性監督。

本作が監督第一作目だとのこと。


大阪アジアン映画祭で行われたインタビューによると、ウォン・カーウァイのファンで、本作撮影中も撮影監督に『恋する惑星』を見せてこのように取るように指示するなど、同作との関連性がないわけではないようです。


監督自らの実体験がかなり反映した(コールセンター勤務時代にゲイの友達に恋をしたのも実体験らしい)本作でしたが、今後はどんな脚本を書いてくるか、ちょっと楽しみですね。