なんと、今年になって興味深い本が翻訳出版されていた。


『ブルース・リーの実像: 彼らの語ったヒーローの記憶』。



背景は「ドラゴンへの道」のローマ・コロッセウムだね。

画像はAmazonさんより


著者は書籍のなかでインタビュアーをしているチャップリン・チャン(張欽鵬)。

あの「燃えよドラゴン」の助監督である。


で、この本、チャップリン・チャンだけでなく「燃えドラ」監督のロバート・クローズともに、生前ブルースと交流があった人へのインタビューに歩いた記録となっている。


本によると、もともとチャップリンは、ロバート・クローズが出そうとしていた著書『ブルース・リーの燃えよドラゴン完全ガイド』と『Bruce Lee The Biography』の取材インタビューの協力者として、現地コーディネートをしていたようだ。


取材は1987年1月の一週間程度。

クローズが旅行感覚で滞在した一週間に集中して、あのロー・ウェイ(険悪だった「危機一発」&「怒りの」二作の監督)だのベティ・ティンペイ(死の間際に一緒にいた愛人)だの、ボロ・ヤン(燃えドラのキン肉マン)、トン・ワイ(燃えドラで「考えるな、感じろ!」と言われてた少年)といった人々にインタビューしている。

これはなかなか貴重な証言集だ。


クローズは広東語ができないし、香港俳優とのつきあいも残っていないから、チャップリンはクローズのインタビューにつきあっていたということらしい。


だけれど、クローズは英語版の版権はとったが、彼らの約束では中国語版を出版するなら、版権および取材データはチャップリンが使ってイイということだったらしい。


それで、チャップリンが長らくほっぽらかしにしていた原稿とノートを、ロジャー・ローというブルース研究家が、没後40年目の節目の年だった昨年、チャップリンの保持していたデータを監修し直して、中国語版で出版したというわけだ。




香港の出版社から2013年に出た原著

(直訳すると、「彼らの知るブルース・リー」)

背景はやはり「ドラ道」のコロッセウム。


ブルース・ファンの執念たるやスゴイですね~。


ロジャー・ローって人は、ブルース本をたくさん書いていて、直近では『ブルース・リー哲理解析』なんてのも出している(訳書は今年の三月に出てます)。



監修者紹介の帯写真。

スポーツ科学哲学博士ってPh.D Sports Scienceの直訳かな?

普通は哲学の部分(Ph.=Philosophy)は訳さないんだけどね。

(画像はAmazonさんより)



で、実際に本書をひもといてみると、いっぱしのブルース研究者気取りでいた私・龍虎が、まさか!ってくらい、しらない情報がざくざく出てくる!


例えばね、ドラ道でチャック・ノリスがアメリカからドラゴン退治のために呼ばれ、ローマ空港に降り立つシーンがあるでしょ。

あれって、チャックがほんとにイタリアに来る飛行機を待ち構えて撮ったんだって。



いまはなきトランス・ワールド航空(TWA)のロゴが見える


ってことは、後ろにいる客室乗務員とか客とか、エキストラじゃなくって本物じゃないの。

これだからいいよね。昔の香港映画は。


いやいやそんなことよりも、驚いたのは、ブルースが日本酒と刺身が好きだったって証言。


刺身については逸話があって、ショウ・ブラザーズで1968年から馬乗りスタントをこなしていた日本人・染野行雄さん(その後は俳優、アクション指導者、プロデューサーとして香港で40年も活躍)が以下のように証言している。




若かりし1970年代初頭の頃の染野さん(映画『一網打尽』(1974)より)


(ちなみにこの証言だけは、2013年に翻訳者である鮑智行によって加えられたものだから原著にはないものみたい。)


ある日(龍虎注:おそらく1971年はじめ)、染野さんはかねてから知り合いだったユニコーン・チャンと、ショウブラのスタジオ近くでばったり合ったという。

そこにユニコーンと幼なじみのブルースもいて、今まさにショウブラとの契約交渉に失敗したところだったそうな(龍虎注:ブルースはゴールデン・ハーベストと契約する前に、まずはショウ・ブラザーズと交渉したが、契約額がブルースの希望に満たずに決裂した)。


幼なじみユニコーンはドラ道で共演したこの新沼健治みたいな人



で、飯でも食うか、ってことになって、染野さんが二人を連れて行ったのが、ネイザンロードのハイアットホテル地下にあった“名古屋レストラン”だった。


染野さんはそこで、マグロの刺身を頼み、「食べてみなよ」とブルースの膳においたけれど、ブルースは「食べない」という。なんでもアメリカのリトル・トーキョーでカツオの刺身を頼んだら虫がついていて、それ以来、刺身はだめらしい。

でも、ユニコーンにもカツオとマグロは違うから食べてみろとすすめられ、いやいや食べたのだそうな。


以来、刺身が好きになったようで、別のインタビューでは、チャールス・ロック(陸正)が、「ブルースとは日本料理屋“大和レストラン”でよく一緒に刺身を食べた」「彼は刺身が好きで、寿司では手巻き寿司を好んだ」「彼は日本酒なら10本から20本飲めた」だって!


ブルースと言えばお酒は飲まない、たばこもやらない、ってのが定説ですが、どうも味の問題だったらしく、日本酒は好きっていう驚きの事実が発覚。


いやぁ、ベティ・ティンペイの前にはノラ・ミャオと関係があったとか証言しちゃっている人もいるし、1987年あたりはまだノラもカナダ移住前か行ったり来たりしている頃で、こんなこと証言しちゃってイイのかしら? ただ、中国語では2013年まで出版されなかったから、いいのかもしんないけれど。

というように、ヒーローとしてだけでなく、人間ブルースとして、いいこともわるいこともそのまま書き起こしているのがこの『ブルース・リーの実像』。


ファンとしては、こんな多面性のあるブルースも知りたかったから大満足。

いやぁ、こんな本が翻訳出版されちゃうなんて、ブルース研究者の層が日本はやっぱ厚いんですね。

すげぇよブルース。やっぱスゲー。