チャイニーズ・ゴースト・ストーリー(倩女幽魂)と言えば、1980年代末期から90年代初頭の香港映画ファンにとっては忘れないほどの強烈な印象を残した作品だろう。もちろん、私も第三作まで製作された本シリーズを夢中になって映画館で鑑賞した。
今では劇場版パンフレットをほとんど買うことのない私が、当時の全ての日本版劇場パンフレットを今でも持っている。いかにこの映画を大事に鑑賞していたかがわかるだろう。
そのリメイク作が2011年春に香港・中国で公開された。
もちろん、本邦は未公開だが、鑑賞する機会に恵まれたのでレビューすることにする。
リメイク版は通称、“A Chinese Ghost Story 2011”と呼ばれている。
あくまで通称でこう言われているに過ぎないが、リメイク版にわざわざ年を入れるところから見ても、20年以上前の作品のリメイクにも関わらず、過去版のイメージがまだ現在でも根強く残っていることを反映しているように思える。
実際、本作は1987年にリメイク元が公開された後、全アジアで大ヒット。
同じような妖艶怪奇ものの作品が乱発され、主演のジョイ・ウォンは大忙しだった。もちろん、正統な続編となる第二作が1990年に、第三作が1991年に香港で公開されている。
といっても、正確に言うと、この三作品もまた、1960年に公開されたリー・ハンシャン(李翰祥)監督作品である「倩女幽魂」のリメイクなのだ。あまりにこの三作品のヒットが記憶に残っているため、1960年版は忘れられている。もちろん、映画の出来としてもこの三作品は大元の作品を凌駕してしまっているのだ。
ところで、今回のリメイク作品だが、香港・中国での英語タイトルのクレジットは、“A Chinese Fairy Tale”となっているものと、前作と同様のGhost Storyという英語タイトルとなっているものが混在している。
下記は予告時点でのポスター。
拡大していただかないと見えないが、“A Chinese Fairy Tale”となっている。
そして、以下は公開中の際に使用されたポスターと思われるもの。
こちらは拡大しなくても、“A Chinese Ghost Story ”となっているのがわかる。
これらのポスターはネットで拾ったもの。
英語タイトルの違いは、香港と中国本土とで違うのかなとも思ったが、どちらも簡体字が使われているので、中国本土用と見て間違いないと思う。
今回、中国本土版と香港版の本編オープニングを両方とも確認してみた。
本土版は以下の通り。
そして、香港版は以下の通りだった。
つまり、一応は、本土がFairy、香港がGhostなのだが、台湾でどうだったかまでは調べていない。しかし、繁体字を使っているのに、Fairyを使っている予告編があるところを見ると、かなりの組み合わせが存在しているようだ。
まぁ、英語タイトルはどのバージョンが輸出されるかによっても変わってくるから大きな問題ではないか。
さて、リメイク元となった87年版のポスター(日本公開時)を見ておこう。私にとってはホントに懐かしい代物だ。
各国の映画祭で大絶賛された―とあるが、私はこの映画のポスターでこれら映画祭(とくにファンタスティック映画祭)を知ったくらいだ。それ以後、夕張をはじめ、各地の映画祭に行くようになったのもこの映画のおかげ。
どれだけこの映画によって、その後の映画人生が豊かになったかわからない。(チト大げさか!)
さてと、話が横道にそれたまま、映画のレビューに入らないので、そろそろ本題の2011年版のレビューを。
結論から言うと、旧作87年版の方が、感動させるという面でも、映像美の面でも、やはり格段に優れている。
もちろん、87年版で、幽霊(スー・シン)役を務めたジョイ・ウォン(王祖賢)の魅力によるところも大きいだろう。
とはいえ、2011年版の幽霊(スー・シン)役はリウ・イーフェイ(劉亦菲)で、美女度も人気度もジョイに匹敵する。
それよりも、87年版の監督であり武術指導でもあったチン・シュウトン(程小東)が、監督としてのキャリアで一番充実していた時期に重なっていることが、作品を傑出したものにした重要なファクターであると思う。
チン・シュウトンの監督作品は、87年版チャイニーズ・ゴースト・ストーリーが確か第3回監督作品だったはず。
それ以前の二作も非常に映像美が美しく、第一作目は武侠モノの「妖刀・斬首剣」(原題:生死決)で、第二作目は現代モノであったが、ともに格闘描写が美しかった。
とりわけ第二作目のほうは、「サイキックSFX/魔界戦士」(原題:奇縁)というトンデモな題名(第一作目もひどいが)で、日本ではビデオのみ発売・レンタルされたが、当時人気絶頂だったチョウ・ユンファが主演ということもあって、それなりに多くの人に見られていたと思う。
もちろん、ユンファは格闘アクション俳優ではないが、悪役にあのジャッキーのプロジェクトAで海賊ボスを演じたディック・ウェイ(狄威)を据え、緊張感のあるアクション作品になっていた。これが可能だったのはやはりチン・シュウタンのおかげだと思うのだ。
何が言いたいかと言うと、チン・シュウトンは非アクションスターにアクションを演じさせても、それなりに魅せてくれる監督・武術指導者だということだ。
今回の2011年版の監督は、ウィルソン・イップ(葉偉信)である。彼は、イップ・マン(葉問、2010)が近作にあるほか、たくさんのアクション映画を手がけてはいる。
しかし、武術指導(アクション監督)は、イップ・マンではサモ・ハン(洪金寶)が行っているように、アクションは人に任せている。
もちろん、本2011年版でも「動作導演」は、三人の人物(馬玉成、徐忠信、藩展鴻)に任せていた。
乱暴な言い方だが、何より幻想怪奇でなければならないチャイニーズ・ゴースト・ストーリーは、チン・シュウトンというアクションの天才振り付け師によって輝いた作品だったのだと思う。
実際、出演者には何の不足もないのだ。
まずは、主役であるニン・ツォイサン(寧采臣)役だが、87年版は故レスリー・チャン(張国栄)で、2011年版はユイ・シャオチュン(余少群)。
上がレスリー、下がユイ。別に印象は大差ない・・・ってことはないか。でもイケメンであることと情けないチキンな役回りは同じ。
(もちろん、レスリーはやっぱ偉大。この2011版でも、本編最後に「レスリーに捧ぐ」的なメッセージが表示されるほど)
そして、準主役となるはずのイン・チェンハ(燕赤霞)役は、87年版はウー・マ(牛馬)で、2011年版はルイス・クー(古天楽)。
上がウー、下がルイス。言うまでもないけど、2011版では、ずいぶんとかっこよくなっちゃった。
イン・チェンハがイケメンになったのは別にいいのだ。
しかし、この作品では、イケメンにした以上は、ということなのか、本来はニン・ツアイサンの役回りのはずの幽霊であるスー・シンとの恋物語をイン・チェンハにもからめてしまった。
ルイス演じる若かりし頃のイン・チェンハと、リウ・イーフェイ演じる幽霊になりたて(?)のスー・シン。
ちょっとラブラブしちゃっています。
というわけで、後のスー・シンが、真剣にニン・ツアイサンを愛しているように思えない作品になってしまったのである。
そうすると、人間と幽霊の悲恋物語であるはずの本作の物語構成が崩れてしまう。
そういうわけで、ルイス演じるイン・チェンハが恋に悩んだりして頼りないため、なんとインの師匠役が追加されている。
ルイス・ファン(樊少皇)が演じるサンダー(夏雪風雷)役がそれだ。
しかしなんというやっつけ的な役名だ。
確かに頼りになる技と肉体美を魅せてくれるのだが、じゃあイン・チェンハの役目はどうなる?
そういや、ウー・マはどう見たって強そうじゃないオッサンなのに、87年版ではそれはそれは頼りになる道士を演じていた。役の上では強そうに見えたのだ。
ところがルイス・クーは恋に悩んでしまっていて、強いけれども肝心なところで色恋に負けて、道士として失格。
ついでにニン・ツアイサンの信用も得られない。
あたりまえだ。恋敵っぽくなっちゃってるんだもん。
さて、ネタばれになるので、内容への難癖はこのあたりにしておこう。
少しは今回の作品の長所も申し添えることにする。
やはり、救いは、なんといっても映像の完成度がCG技術の進歩で格段に向上しているところだ。
87年版では、出てくる妖怪がそれはそれはチープに見えたことも事実。
例えば、木の妖怪でボスキャラであるロウロウの舌攻撃などは、細いときはカンピョウか!って感じで、太いときは布団か!って突っ込みを入れそうになった。
(とはいえ、ロウロウの不気味さは、男性俳優に演じさせた効果で、87年版のほうが上だ。)
しかし、2011年版では映像がチープな場面は一切ない。
ロウロウとの闘いも主にCGパワーになってしまうが、素晴らしい仕上がりだ。
それでも、やはりラストバトルは(ウー・マのオッサンが演舞しているにも関わらず!)87年版のほうが、断然はらはらどきどきさせられる。これはやはり、チン・シュウトンのカメラワークと振り付け指導の力なのだ。
そして、最後にジョイ・ウォンのはかない演技をうまく出していたこと。
87年版はネタバレになってもいいと思うので書いてしまうが、ジョイ演じるスー・シンを助けたかったニン・ツアイサンとイン・チェンハは、彼女の救出を成功させることができず、最後に彼女は蒸発して消えてしまう。
それだけでも切ない終わり方だが、87年版のエンドロールの最後にさしかかったエンディング映像で、ジョイ・ウォンが扉の向こうに消え去る本編内の映像が、再び挿入されるところは妙に余韻を残したものだ。
最後に本記事もそのジョイが消えてしまうシーンでしめることにする。
あ-、やっぱ切ない。旧作も見直してみようかな。
というわけで87年版のほうに軍配が上がるチャイニーズ・ゴースト・ストーリーだが、2011年版を初めて見る人には、おすすめできる作品であると思う。そのあとに87年版を見直してみるのも面白い発見があると思う。