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妄想物語 第4話
『応援の意味』


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2021年10月 夜 都内某所






タイチ
「お母さん!ねぇ、お母さん!」


タッタッタッ・・・!!


タイチのお母さん
「どうしたのそんなに大声出して?」

タイチのお母さんは人参を切っている手を止めてタイチの方を見た。

タイチ
「当たったんだよ!!AKBの劇場公演!!」

タイチのお母さん
「すごいじゃない!よかったわね」

タイチ
「やっとだ・・・これでやっと・・・」

タイチのお母さん
「そしたら今日はご飯食べたら早く寝ないとね」

タイチ
「うん!」

タッタッタッ・・・!!




ガチャ

バタン





タイチ
「本物と会えるんだ・・・」

閉まったドアの前でガッツポーズをするタイチ。

タイチ
「(壁の方を見る)たくさん応援するからね・・・!!」

ベッドの右の壁に大きな彩希のポスターが貼ってあった。








同時刻 ユウキ宅




ユリア
「女の子ってナーバスなんですよ。彼が何して過ごしているかとか、口に出さなくても心の中ではかなり気になってて。それでね」

ユウキ
「・・・」

スマホに向かって話し続けるユリアの声を背中越しに聞くユウキ。

ユリア
「・・・」

ユウキ
「・・・ん?(振り返る)急に静かになったな」

ユリア
「酷い・・・」

ユウキ
「え?俺が何かしたか?」

ユリア
「違いますよ。これ」

ユリアはユウキにスマホの画面を見せた。

ユウキ
「・・・なんだ?」

ユリア
「"タカぷー"ってアカウントが、ゆいりーのファンと思われる人に対して一方的に誹謗中傷を書いてるんですよ」

ユウキ
「・・・"金もねぇ野郎がいっちょ前に彩希のファンとか気取ってんじゃねぇ"・・・"どうせお前が応援したところで彩希と結婚するのはこの俺様だ"」

ユリア
「マジキモいですね・・・」

ユウキ
「SNSに書くかどうかはさておき、こんな奴は普通にいるだろう」

ユリア
「普通にいるかどうかなんてどうでもいいですよ・・・。このアカウントだって、ゆいりー推しを全面的に出してるのに、なんかゆいりーが可哀想だなって・・・」

ユウキ
「メンバーはファンを選べない。仕方ないことだ」

ユリア
「そんなあっさり放っておくんですか・・・?」

ユウキ
「いや、俺にどうしろって言うんだよ・・・?」

ユリア
「どうしろとかは無いですけど・・・」

ユウキ
「・・・」

ユリア
「・・・応援の意味って何なんだろう」

ユウキ
「え?」

ユウキが見るとユリアは小さく体育座りをしていた。

ユリア
「書き方は乱暴だけど、そいつの言うことはある意味正解なところもあるなぁって・・・」

ユウキ
「・・・」

ユリア
「結局、アイドルの皆だって仕事でやってるわけだし、応援するってことはその子にたくさん投資してあげないと成立しないんだし・・・」

ユウキ
「・・・」

ユリア
「イベントにあまり行けないとか、SNSに反応してあげられないとか・・・そういう人って応援する資格、ないのかな」

ユウキ
「ないわけないだろ」

ユリア
「え・・・?」

ユウキ
「そのメンバーを想う、ひとりひとりの気持ちがメンバーにとっての支えなんだ。金が出せるとかそういうのは表面上の応援の程度の話、どんな形であろうと想ってるだけで応援に違いないだろう」

ユリア
「・・・」

ユウキ
「心のこもった"頑張れ"、"応援してる"って言葉だけでもジンと来るものだって。ゆりあが前に話していたことがあった」

ユリア
「ゆりあちゃんが・・・」

ユウキ
「こんなに自由にアイドルをやってる私を見てくれるだけで嬉しい、そう思うのはゆりあだけじゃないと思う。応援の意味に定義なんて無い」

ユリア
「・・・相変わらずクサいこと言うんですね」

ユウキ
「クサいことって・・・」

ユリア
「でもね、なんかユウキさんのそういうクサい話が実は結構私には刺さるんですよね。旅館で初めて会った時もそうだった」

ユウキ
「・・・」

ユリア
「見ず知らずの私の異変に気付いて声かけてくれて・・・絶対に抜け出せないと思っていた地獄からも救ってくれた」

ユウキ
「応援したいって思ったからだよ」

ユリア
「応援・・・?」

ユウキ
「絶対に抜け出せないと思っていたのかもしれないが、ユリアは諦めていなかった。話しかけてみればどんな気持ちでいるのかわかると思ったから単刀直入に助けてほしいんじゃないか?って尋ねたんだ」

ユリア
「あの時も言った気がしますけど、ユウキさんなら私を救ってくれるかもしれないって思ったんです・・・」

ユウキ
「それなんだよ」

ユリア
「それ・・・?」

ユウキ
「メンバーも応援に応えようと必死に頑張ってる。その関係はお互いを信じる心から生まれるんだ。このファンの人達と一緒なら自分は頑張れる・・・だから悩みとか願いとかを話してみようって考えるメンバーもいる。応援する人の力がメンバーにとってどれだけ大きな力か。計り知れないんだ」

ユリア
「・・・」

ユウキ
「応援しようと思えることがスゴイし、応援に応えようと思えることもスゴイ。アイドルとファンの関係っていうのは最高だと思う」
ユリア
「メンバーでもないのに、本当にそうなんじゃないかって思うぐらい説得力のある話ですね・・・」

ユウキ
「どう捉えてもらっても良いけどな。あくまで俺の感想だ」

スッ

その場で立ち上がり天井に手を伸ばすユウキ。

ユウキ
「そろそろ帰った方が良いんじゃないか」

ユリア
「もう22:00過ぎてたんですね・・・」

ユウキ
「明日も朝から仕事だろう」

ユリア
「そうですよ。ユウキさんも同じですよね?」

ユウキ
「まぁな」

スッ

ユウキはハンガーにかけてあったコートをユリアに手渡した。

ユリア
「・・・ありがとうございます」

ユウキ
「明日の公演のことは残念だったが、ユリアの背負ってる分も俺が応援してくるよ」

ユリア
「是非そうしてください。ずっきーを拝むのはまた別の機会にします」

ユウキ
「あぁ」


ユリアはだいぶ酒に酔っていたはずだがまっすぐ家まで帰ることができた。それが確認できたのは夜中にユウキに送られてきたユリアからのLINEの中でだ。








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ユウキ
「・・・ん?もう朝か?」

???
「ユウキ、助けて!!!!」

ユウキ
「!?・・・ゆりあ!?」


バッ、タッタッタッ・・・!!




ユウキ
「・・・ゆり――」

アンドリュー・アンダーソン
「あぁ、これはこれはユウキさん」

ユウキ
「何をしてるんだ・・・!?ゆりあを離せ・・・!!」

アンドリュー・アンダーソン
「それは無理ですよ。あなたはもう、木﨑さんを愛していないのですから」

ユウキ
「適当なこと言うんじゃねぇ・・・!!お前に俺の何がわかる・・・!?」

アンドリュー・アンダーソン
「わかりませんよ。じゃあ逆に、ユウキさんは私の何がわかるんですか?」

ユウキ
「は・・・?」

アンドリュー・アンダーソン
「自分だけが悲劇のヒロインになっていませんか」

ユウキ
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ・・・!!さっさとゆりあを離せ・・・!!」

アンドリュー・アンダーソン
「あなたにしては珍しい、随分と感情的なんですね」

ユウキ
「ゆりあは・・・絶対に渡さない・・・!!」

アンドリュー・アンダーソン
「なるほど。あなたにはこの方が木﨑さんに見えるのですね?」

ユウキ
「なに・・・!?」

アンドリュー・アンダーソン
「ほら、よく見てごらんなさい。この方は――」




――――――――――――――――――――




スマホ
「今日もみんなで、ラッキーずっきー!山内瑞葵です!」


ガバッ!!


ユウキ
「・・・」

ソファーから起き上がったユウキの顔を夕日が染めた。

ユウキ
「夢・・・」

ユウキはテーブルの上のスマホに手を伸ばした。

ユウキ
「16:00・・・!?何時間寝てたんだここで・・・!?」

スマホの通知欄に20件を超える不在着信と瑞葵のモバメ通知が確認できた。

ユウキ
「仕事サボっちまった・・・うわっ、全部ミツキからの着信だ・・・」


スタッ

ぴーす
「にゃにゃ?」

タンスの上にいたぴーすが床に降りてきた。

ユウキ
「ぴーす・・・!なんで起こしてくれなかったんだ・・・!?」

ぴーす
「にゃーにゃ・・・」

ユウキ
「よく寝ていたから・・・?こんなことで仕事行けなかったの初めてだわ・・・」

ぴーす
「にゃにゃ、にゃにゃーにゃ・・・」

ユウキ
「それに劇場公演の開園まで時間が無い・・・ミツキには移動しながら電話で謝っておこう・・・」

バサッ!

大胆に服を脱いで洗濯機に投げ込むユウキ。

ユウキ
「さっきの夢は何だったんだ・・・あれは・・・ゆりあじゃなかったのか・・・?」

ぴーす
「にゃにゃにゃ?」

ユウキ
「それにどうしてアンドリューが・・・?やはり、アイツが何か隠している気がして仕方ない・・・」

ガタッ!

ユウキはタンスから強引に服を取り出しジャケットを羽織った。

ユウキ
「まぁいいや、今は劇場へ急ごう・・・!」
















同時刻 AKB48劇場 劇場内




♪ジャジャーン、ジャン♪


村山彩希
「よし、これでリハはおしまい!あとは本番頑張っていこう!」

彩希以外のメンバー全員
「はい!!」

メンバーが各々にその場で座り込んだり楽屋に向かったりした。


岡田奈々
「ゆうちゃん、ゆうちゃん!」

村山彩希
「ん?」

岡田奈々
「ほら、ゆうちゃんが前に教えてくれたママさんTwitter!」

奈々のスマホを彩希は凝視した。

村山彩希
「あぁ、タイチくんの」

岡田奈々
「そう!タイチくん、今日の公演観に来るらしいよ!」

村山彩希
「え、そうなの!?」

岡田奈々
「うん、見てこれ!」

そこにはタイチの母が呟いたと思われる劇場公演に当選したタイチの様子を綴ったツイートがあった。

村山彩希
「へぇ。ついに顔合わせられるんだ」

岡田奈々
「だね!嬉しくない!?」

村山彩希
「うん。会ったことも無いのに、お母さんの方がスゴイ熱心に私にアピールしてきてたぐらいだしね」


石綿星南
「彩希さん、奈々さん、お水」

せなたんが持ちづらそうに3本のペットボトルを腕に抱えていた。

村山彩希
「ありがとう!」

岡田奈々
「今日久しぶりの公演だけど、大丈夫そう?」

石綿星南
「大丈夫です。自主練もしっかりしてきたので」

岡田奈々
「偉いな!」

石綿星南
「それより、何の話してたんですか?」

村山彩希
「子どもが私のファンだって言ってるお母さんのTwitter見てたの。今日、その子どもが見に来るらしいんだ」

石綿星南
「そうなんですか!いつも以上に頑張らないとじゃないですか」

村山彩希
「いつだって前回を超えるぐらい頑張ってるもんね!」

石綿星南
「あ、でも気を付けてください、彩希さん」

村山彩希
「へ?気を付ける?」

石綿星南
「昨日エゴサしてる時に偶然見つけたんですけど、彩希さんのお名前がTwitterのトレンドになってた時間があって」

岡田奈々
「トレンド!?何かしたのゆうちゃん!?」

村山彩希
「いや、別に何も?」

石綿星南
「彩希さんに対しての反応じゃなく、彩希さんのファンに対してのものだったんです」

せなたんの口調はやや重かった。

村山彩希
「どういうこと?」

石綿星南
「彩希さん、"タカぷー"って知ってますか?」

村山彩希
「え・・・知ってるけど」

石綿星南
「その人が彩希さんのファンと思われるアカウントに対して無差別に暴言を書いてるんです」

村山彩希
「・・・それ、今見れる?」

石綿星南
「ちょうど奈々さんTwitter開かれてるから、検索でタカぷーって入れてみてください」

岡田奈々
「タカ、ぷー・・・っと」

石綿星南
「・・・ほら、これとか。理不尽なこと言われて即ブロックしたって」

村山彩希
「この人のせいで私の名前がトレンドに・・・?」

石綿星南
「そうだと思います。実際、タカぷーが彩希って言葉をたくさん使ってますし」

岡田奈々
「怖っ・・・」

石綿星南
「そのタカぷー、今日公演見に来るんですよ」

村山彩希
「えっ、そうなの・・・!?」

石綿星南
「はい。それで、お金も無い人が応援したところで意味が無いとか、お前が応援したところで彩希は俺の元に来るんだ、とか書いて荒らしてるんです」

岡田奈々
「ねぇ、マネージャーさんに相談した方が良いんじゃない・・・?」

村山彩希
「うん・・・全然知らなかった」

石綿星南
「いろんなファンの人がいるのは私も最近になってわかってきた気がします。でも、やっぱりこういうのは怖いです」

村山彩希
「そうだね。だけど、私たちは見てくれるファンの皆さんに元気を届けるのが仕事。気にせず楽しんでいこう」

石綿星南
「はい」

渇いたせなたんの返事を最後に誰も声を出すことなく全員楽屋に戻っていった。

















約1時間後 AKB48劇場 ロビー




コッコッコッ・・・!!


ユウキ
「はぁ・・・なんとか・・・間に合ったか」

エスカレーターを勢いよく上がってきたユウキは両膝に手を置いて息をした。
インフォメーションカウンターの周辺に人が溢れている。

ユウキ
「・・・」
(やはり今日の公演は見に行きたいと思ってる人がいつもに増して多いんだな。キャン待ちもこんなに来てるのか)

その人波を他所に当選者の専用列に並ぶユウキ。




???
「ちょっとぐらい見せてくれたって良いじゃん!」

???
「黙れクソガキが!!」


ユウキ
「ん?」




少年
「ねぇ、その服どこで買ったの??」

豪華な装いの男
「お前に教えたところで何になる!?買えもしねぇくせに!!」

ユウキのいる待機列からは廊下で少年と豪華な装いの男が言い合いになってるのが見えた。周りの人は見て見ぬふりをしている。

少年
「お母さんに言って買ってもらうもん!」

豪華な装いの男
「貢いでも無駄なだけだ!!」

少年
「貢いでも・・・?ってなに?」

豪華な装いの男
「そういうのを勉強してから来るんだな!!」

少年
「とにかく、グッズ見せてよ!!」

豪華な装いの男
「まだ言うか!?いい加減、イテェ目見ないとわからねぇようだな!!」

スッ

豪華な装いの男は右拳を高く掲げた。

少年
「いじわる!!ケチ!!」

豪華な装いの男
「今すぐに黙らせてやらぁぁぁ――」

ガシッ!!


豪華な装いの男
「なっ・・・」

振り降ろされた拳は何者かの手により止められた。

ユウキ
「おい、何をしようとしたかわかってんのか?」

ビュッ

豪華な装いの男
「誰だテメェ・・・!?」

すぐに拳をおさめ数歩下がる豪華な装いの男。

少年
「う・・・うぇーん!!うぇーん!!」

少年は天井を向いて大きな声で泣き出した。

ユウキ
「もうすぐ犯罪者になるところだった。寸前で止めてやったのに感謝の一言もねぇのか」

豪華な装いの男
「やかましいわ・・・!!テメェには関係ねぇだろ・・・!!」

ユウキ
「・・・ちょっと、そこの」

ユウキは近くにやってきたスタッフに声をかけた。帽子を深くかぶっている。

帽子を深くかぶったスタッフ
「はい?」

ユウキ
「今の騒動見てただろ」

帽子を深くかぶったスタッフ
「・・・」

豪華な装いの男
「・・・」

帽子を深くかぶったスタッフは何も言わずに豪華な装いの男に近付いた。


帽子を深くかぶったスタッフ
「・・・」

豪華な装いの男
「・・・」

そのまま豪華な装いの男に耳打ちをしてその場を去った。

豪華な装いの男
「・・・覚えとけよ」

豪華な装いの男も背を向けて劇場前広場に向かった。




少年
「うぇーん!!うぇーん!!」

ユウキ
「君、親は?」

ユウキは床に膝をついて少年の顔を覗き込んだ。

少年
「僕一人・・・」

ユウキ
「え?」

少年
「お母さんもお父さんも仕事・・・」

ユウキ
「・・・そうか。あまり周りの人に話しかけるな。さっき見た黒い服来た大人の人はスタッフだ。何かあった時にはその人たちに言うんだ」

少年
「・・・わかった」

ユウキ
「・・・」

少年の右手に手紙のようなものと劇場公演のチケットが握られているのが見えた。

ユウキ
「それは手紙か?」

少年
「うん。彩希ちゃんにあげるの」

ユウキ
「そうか。そしたらあっちにあるポストに入れとくといい。直接渡すことができないルールなんだ」

少年
「そうなの・・・?」

ユウキ
「あぁ。でも、入れておけば必ず読んでくれるから」

少年
「・・・わかった」

ユウキ
「よし。じゃあ、公演楽しんで」

スッ

コッ、コッ、コッ・・・


少年
「・・・」

インフォメーションカウンターの方へ向かうユウキの背中を不安そうに眺める少年。














案内をするスタッフ
「本日の1陣目は・・・51番から60番までのお客様。51番から60番までのお客様、お入りいただけます」

数分後、劇場前で入場抽選が行われていた。


豪華な装いの男
「残念だったなテメェら!!へへっ!!」

豪華な装いの男が悠々と劇場の入口へと向かっていく。


ユウキ
「・・・」
(アイツ、よりによって1陣入場か・・・・・ん?)

金属探知機の前で豪華な装いの男と帽子を深くかぶったスタッフが対面している様子が見えた。




帽子を深くかぶったスタッフ
「・・・」

豪華な装いの男
「・・・」




ユウキ
「・・・」
(馴染みなのか?さっきもそうだったが、何をコソコソと話してやがる?)


その後次々と番号が呼ばれ、ユウキは第10陣で入場となった。


ユウキ
「・・・」


少年
「・・・」


ユウキ
「・・・」
(あの子、まだ呼ばれてないんだ。あれきり他の人とも絡まなくなったけど、ずっと下を向いたままだ・・・)

少年は手に持っているチケットをじっと見つめていた。




ユウキは劇場内に入るや否や上手側の4列目最も通路寄りの座席に腰を下ろした。


ユウキ
「・・・」
(あの男は最前のセンター席にいる。あんなことがあっても運っていうのはわからないもんだな)

ユウキは目線を落として2本のサイリウムを取り出しピンクとイエローの色を選んだ。


ユウキ
「・・・」
(まぁ気にすることは無い。どちらかというと、さっきの少年の方が気がかりだ)


後ろを振り向くがユウキの見える範囲に少年はいなかった。




しばらくして劇場公演が始まった。順調に進み、最初のMCがやってきた。


村山彩希
「では、メンバーひとりずつ今日のお題に沿って自己紹介をして頂きます!まずは、ずっきーから!」


山内瑞葵
「はい!私がラッキー?って聞いたら皆さんはずっ、きー(手を2回叩く)と手拍子してください!お願いします!」

村山彩希
「はーい」


山内瑞葵
「今日も皆で~ラッキー??」

瑞葵以外のメンバー全員
「ずっきー!!」

山内瑞葵
「ありがとうございます!村山チーム4のずっきーこと山内瑞葵です!」

パチパチパチパチ!!

ユウキ
「・・・」
(瑞葵、いつも通りだな・・・深く考えすぎなのか。位置的にも目が合いづらいところでもあるし、マスクしてるし・・・いや、関係ないのかな・・・)

マイクを両手で強く握り笑顔を振りまく瑞葵。ポジションとしてはその目の前にユウキが座っている。

山内瑞葵
「そうですね、私・・・は家族と食べるご飯が一番好きかなと」

岡田奈々
「ほっこり~」

今日のMCのテーマは最近食べた美味しいご飯だった。

大西桃香
「あの、このテーマって食べたものを話すのではなく??笑」

山内瑞葵
「あ、そっか・・・!笑」

村山彩希
「いいよいいよ。自由に話して」

山内瑞葵
「でもやっぱり、一人で食べるよりは皆で食べるご飯の方が美味しいのかなって思います!」


ユウキ
「・・・」

瑞葵の笑顔に合わせて自然と笑顔になるユウキ。

ユウキ
「・・・」
(俺の考えすぎかもしれない・・・さっきのモバメだっていつもと変わらない瑞葵らしい文章だった。いくら俺が推しているからって、妄想者に直結すると決めつけるのもおかしな話だ)

瑞葵のMCは終わり隣に立つ彩希が手をあげている。

村山彩希
「はーい、真っ赤な???」

いつものキャッチフレーズだ。

豪華な装いの男
「ゆいりんごー!!」

村山彩希
「・・・」

山内瑞葵
「・・・」

突然の男の発声に呆気に取られているメンバーたち。

下手のスタッフ
「お客様、声出しはご遠慮ください」

豪華な装いの男
「チッ・・・」

豪華な装いの男は鋭い目つきで下手のスタッフを睨めつけた。

村山彩希
「・・・あ、ゆいリーこと村山彩希です!」

彩希は慌てて頭を下げて同時に観客は拍手をした。

ユウキ
「・・・」
(アイツ・・・ここでも厄介ごと起こす気か?)









数分後 AKB48劇場 楽屋



バササ・・・

村山彩希
「久しぶりだからかな、着替えるの結構時間かかってる」

次の衣装の袖に手を通しながら独り言を鏡に向かって呟く彩希。


コッコッ

石綿星南
「彩希さん」

村山彩希
「ん?どうした?」

彩希は背後から近づいてきたせなたんを鏡越しに見た。

石綿星南
「さっき・・・自己紹介MCの時に叫んでたお客さん、あれって」

村山彩希
「うん。そうだよ」

石綿星南
「え・・・やっぱりですか?」

村山彩希
「最前列センターにいるとはね。『僕らの風』の時にすぐ気付いてびっくりしたよ」

石綿星南
「怖くないですか・・・?」

村山彩希
「うん・・・ごめんね、星南まで心配かけるようなことを」

石綿星南
「そんなこと言わないでください」

彩希は着替えの手を止めていた。

石綿星南
「小さいファンの子は見つけられました?」

村山彩希
「ううん。全然わかんなくて」

石綿星南
「ファミリー席は?」

村山彩希
「いなかった」

石綿星南
「身長も高くはないでしょうから、隠れちゃって見えてないのかな」

村山彩希
「かもね」


バササ!


山内瑞葵
「はぁ、踊った!」

濵咲友菜
「めっちゃ疲れた・・・やっぱブランクやこれ」

ドサッ!

濵ちゃんは近くの椅子に勢いよく座った。


山内瑞葵
「・・・?ゆいリーさん?」

表情が暗い彩希の様子に気付いた瑞葵が彩希に近づいた。


村山彩希
「ん?」

山内瑞葵
「どうかしたんですか?」

村山彩希
「あぁ、ごめん。何でもないよ」

石綿星南
「もうすぐ出番ですね!」

コッコッコッ

瑞葵の横を風のように通り過ぎるせなたん。

シュッ

彩希は衣装の紐を縛って整えた。

村山彩希
「頑張ってくる」

山内瑞葵
「はい!頑張ってください!」

コッコッコッ・・・

村山彩希
「・・・」

山内瑞葵
「・・・」

そそくさとステージの方に向かっていく彩希の背中を瑞葵は目で追った。

山内瑞葵
「・・・」











数分後 AKB48劇場 劇場内



後半のMCが終わりに差し掛かっていた。


ユウキ
「・・・」
(どのメンバーとも目は合わないし、特におかしなことは起きていない)

観客のほとんどがメンバーのMCに耳を傾ける中、辺りを見渡すユウキ。

ユウキ
「・・・」
(俺は何をしに来てんだ。シンプルに目の前で頑張ってるメンバーを応援すればいいのに・・・いらないことばかり考えて・・・)


村山彩希
「いつもそばで見守ってくれる皆さんのことがずっと大好きです。では、聞いてください。『大好き』」

テテテン Uh…


ユウキ
「・・・」
(『大好き』・・・アンドリューが妄想の力で作った番組とやらで、ゆりあが俺に歌ってくれた。あの時初めて、歌を通じてではあったけども、ゆりあの想いを聞けた気がした)

山内瑞葵
「♪大好きなの、あなたのこと。24時間考えてる♪」

気持ちを込めて歌う瑞葵。その方向はどこを向いているのかユウキにはわからなかった。

ユウキ
「・・・」
(でも、俺の迷いは残ったままだった。だからゆりあを心の底から信じることができず、1年半前の事件が起きた。あれからはずっとゆりあのことを信じることができているはずなのに・・・どうして・・・どうしてなんだ・・・)

気付けばユウキのサイリウムを振る手は止まっていた。

ユウキ
「・・・」
(俺に何か悪いことがあったなら言ってくれよ・・・ゆりあのためならどんなことだって改善する・・・それでまた、ゆりあと過ごせるのなら・・・他愛無い話して、美味い飯食って・・・)

ポタッ

ユウキの膝に涙が落ちた。

ユウキ
「・・・」
(ゆりあ・・・もう絶対に離れたくない・・・もう・・・ゆりあを1人にしたりしない・・・)

山内瑞葵
「♪大好きなの、あなたのすべて。この世は薔薇色夢見心地♪」

瑞葵の体は下を見ているユウキの方を向いていた。

ユウキ
「・・・」
(じっとしてなんかいられない・・・俺がゆりあを――)

豪華な装いの男
「愛してる、彩希!!」

ダッ!!

村山彩希
「ぇ・・・」

豪華な装いの男がフェンスを超えてステージの上に上がった。

下手のスタッフ
「お客様、ステージから降りーー」

豪華な装いの男
「近付くんじゃねぇ!!」

スッ

村山彩希
「!!」

バンッ!!!!


ユウキ
「!!」

大きな音と合わせて勢いよく顔を上げるユウキ。


稲垣香織
「きゃーーーっ・・・!!!!」

ユウキから柱に隠れていない位置で悲鳴をあげる香織の姿が見えた。

ユウキ
「・・・」
(今の音は・・・・・ん、火薬の臭い?)


下手のスタッフ
「ぐぁぁぁぁぁああああ!!!!」

怯える観客
「おい、あれ本物だぞ・・・!?」

心配する観客
「スタッフの足に当たったのか・・・!?」


豪華な装いの男
「全員動くんじゃねぇ!!動いたら、コイツみたいになるぞ!?」


ユウキ
「・・・!!」
(アイツが持ってるの・・・拳銃か!?)

少し下手寄りに体を乗り出してステージの方を見るユウキ。


村山彩希
「っ・・・ぅ・・・・」

豪華な装いの男の1番近くにいる彩希はひどく怯えていて、銃声の衝動で尻餅をついたのか、その場から動けなくなってしまった。

豪華な装いの男
「全員動くな、喚くんじゃねぇ!!」

カチャ

観客の方に銃口を向ける豪華な装いの男。


手当てしようとするスタッフ
「大丈夫だ、今何とかしてやるから・・・」

豪華な装いの男
「動くなって言ってるのが聞こえねぇのか!?」

手当てしようとするスタッフ
「手当てしないと取り返しがつかなくなる・・・!!」

豪華な装いの男
「コイツが勝手に近付いてきたのが悪いんだろうが!!テメェもコイツみたいになりてぇか!?」

手当てしようとするスタッフ
「ぐ・・・」

豪華な装いの男
「おい、カメラも止めんじゃねぇぞ!!俺と彩希を映せ!!」

柱の前のカメラマン
「は、はい・・・」


ユウキ
「・・・」
(彩希・・・?)

現場は緊迫していた。流れていた音楽も止められた。


タッ、タッ、タッ・・・タッ


豪華な装いの男
「よぉ彩希」

村山彩希
「・・・っ」

豪華な装いの男
「こうやって顔を合わせて話すのも久しぶりだな。元気にしてたかよ?」

村山彩希
「ぅ・・・」

豪華な装いの男
「クソみたいな抽選制度のせいで俺と彩希の関係が断たれることになるのはもう御免だ。ここら辺ではっきりさせようじゃねぇか」


ユウキ
「・・・」
(クソ・・・ここからだとアイツが立ってるところまでの距離が遠すぎる・・・!観客だけじゃなくメンバーも射程圏内だ・・・むやみに近寄れない・・・!)


豪華な装いの男
「そのために、昨日から準備してきたしよ」

村山彩希
「・・・」


タッ


豪華な装いの男
「観客と、それからDMMをご覧の皆さん。俺はタカぷー。そこにいる村山彩希の婚約者だ」


ユウキ
「・・・」
(タカぷー・・・?・・・!!昨日、ユリアがSNSで暴言を吐いてたと話していたアカウント名と同じ・・・アイツがタカぷーなのか・・・!?)


タカぷー
「俺と彩希は愛の糸で結ばれている。お前らがいくら彩希に貢ごうが、俺様が彩希を手に入れるんだ」

山内瑞葵
「っ・・・」

上手立ち位置3番辺りに立っている瑞葵。彩希よりタカぷーから離れているが、彩希以上に怯えた様子である。

タカぷー
「それなのに、公演が当たったぐらいでSNSで喚きやがって・・・腹が立つ連中ばかりなんだよ。お前らの応援に、意味なんてねぇのによ」

石綿星南
「・・・」

せなたんは涙を流しながらも辺りを見回している。まるで助けを求めているかのようだ。

タカぷー
「ここで証明してやろう。俺たちの愛が本物だってことを」

タッ

村山彩希
「っ・・・」

カメラを見ていたタカぷーが彩希の方に体を向き直した。

タカぷー
「改めて言うまでも無いが、お互いの気持ちを確かめる必要があるからな。しっかり伝えておこう。愛している、彩希」

下手のスタッフ
「がぁぁぁぁぁ・・・!!」

タカぷー
「おい、喋んなって言ってんだろうがクソが!!」

カチャ!

再び銃口を下手のスタッフに向けたタカぷー。

村山彩希
「・・・待って!」

タカぷー
「あん?」

村山彩希
「ちゃんと・・・言いますから・・・ちゃんと」

タカぷー
「おい彩希。お互いが愛し合ってるっていうのに、そんな相手に敬語を使うのか?」

村山彩希
「っ・・・ご、ごめん。ちゃんと・・・い、言うから」

タカぷー
「おうよ!そうでなきゃな!さすがは俺の女だ!」


ユウキ
「・・・」
(この外道が・・・!!クソ・・・!!このまま見てることしかできないのか・・・!?)


ガタッ!

タカぷー
「(観客席の方を見る)おい、誰か動きやがったな!?・・・なに?」


少年
「彩希ちゃんをいじめるな・・・!!彩希ちゃん、困ってるじゃないか・・・!!」

上手側の後方立見席から少年が叫んだ。

ユウキ
「・・・」
(あの子・・・あんなところにいたのか・・・!というか、今はマズイ・・・!)


タカぷー
「またテメェか?俺の言ったことが聞こえなかったか?」


少年
「彩希ちゃんは何も悪くない・・・!!彩希ちゃんは皆のアイドルだ・・・!!」


タカぷー
「聞こえなかったかって聞いてんだ!!生意気ほざきやがってよ!!」

カチャ!

銃口が少年に向けられた。


少年
「彩希ちゃんはお前なんか好きじゃない・・・!!彩希ちゃんは――」


タカぷー
「黙れ、クソガキが!!!!」

タカぷーの右手人差し指が拳銃のトリガーにかけられた。


ユウキ
「・・・!!!!」

スッ

村山彩希
「やめて・・・!!!!」

パンッ!!!!

パキン!!!!

ブーン・・・

ステージの明りが一斉に消えた。観客席の一部のサイリウムだけが暗闇を照らしている。


怯える観客
「うわぁぁぁぁぁ・・・!!」

心配する観客
「誰か・・・!!誰かぁぁ・・・!!」


タカぷー
「おい!!明りをつけやがれ!!」


コッコッコッ・・・!!


タカぷー
「スタッフ!!聞こえてんのか!?明りを――」

ゴガッ!!!!

タカぷー
「かっ・・・!!!!」


ドサッ!!!!


少年
「彩希ちゃん!!彩希ちゃん!!」

暗闇の中でどこからか聞こえる少年の叫び声は異様に響いていた。


ブーン・・・

やがて観客席も含めてすべての明りが付いた。


タカぷー
ぐ・・・誰がやりやがった!?殺してや・・・・・あ?」

タカぷーの右手には拳銃が握られていなかった。

タカぷー
「なっ・・・」


ユウキ
「・・・」

下手立ち位置2番のあたり。右手に拳銃を持ったユウキが立っていた。

タカぷー
「俺の銃を・・・返しやがれ!!」

村山彩希
「・・・」

彩希は焦る表情のタカぷーとユウキの背中を見た。同時に、タカぷーの左頬が赤く腫れていることに気付いた。

カチャ

タカぷー
「っ・・・」

ユウキ
「・・・」

ユウキはタカぷーに銃口を向けた。

タカぷー
「・・・撃てるもんなら撃ってみろよ。刑務所行きだぞ・・・?」

ユウキ
「・・・」

カシャ!

タカぷー
「ぐっ・・・!!」

カラン!

ユウキの足元に拳銃のマガジンが落ちた。

カッ、カラッ!

上手の方に拳銃を投げ捨てたユウキ。


ユウキ
「メンバーを想う気持ちこそが応援だ。お前みたいな下衆に語れるような話じゃねぇんだよ」

タカぷー
「ぐっ・・・!!」


ステージ裏のスタッフ
「今だ、捕らえろ!!」

ガバッ!!

タカぷー
「おい、放しやがれ!!クソが!!」

ステージ裏から複数人のスタッフが現れてタカぷーを取り押さえた。


ユウキ
「・・・」

コッコッコッ・・・


スッ

下手のスタッフ
「ぐぅぅ・・・!!」

ユウキ
「落ち着いて、深呼吸して。傷を布で押えるんだ」

下手のスタッフの前で片膝をつくユウキ。自分のハンカチを取り出して重ねるように抑えられた傷口にハンカチをあてた。拳銃による傷がかすり傷だということがわかった。

下手のスタッフ
「ありがとう・・・ぐっ・・・」




上手のスタッフ
「石綿!稲垣!山内!村山!こっちに来なさい!」

気付くとステージ上のメンバーは名前が呼ばれた4人しか残っていなかった。他のメンバーは楽屋に非難をしているらしい。


コッコッコッ・・・

稲垣香織
「えふっ・・・!!えふん・・・!!」

上手のスタッフ
「怖かったね・・・」

横を通った香織の頭に優しく手を置く上手のスタッフ。

コッコッコッ・・・

続けて瑞葵とせなたんもスタッフの元へやってきた。




コッコッコッ・・・コッ


村山彩希
「・・・」

ユウキ
「・・・あの子を守ろうとして拳銃の軌道を変えようと体を張ったんだな?」

村山彩希
「・・・」

彩希は座ったままユウキの顔を見た。大粒の涙が劇場のステージに落ちた。

ユウキ
「よく頑張ったな。みんなの命の恩人だ」

スッ

村山彩希
「・・・」

ユウキは彩希の目の前に右手を差し出した。

ユウキ
「あとはスタッフに任せるんだ。ほら、戻らないと」

村山彩希
「・・・」

スッ

彩希は一瞬だけ観客の方に目を反らし自分の力で立ち上がった。

ユウキ
「・・・」

村山彩希
「・・・」

ユウキに軽くお辞儀をして上手に向かって歩き始めた彩希。


ユウキ
「よし」


タッ、タッ


場を収めるスタッフ
「皆さん慌てないでください!慌てて劇場の外に出ようとする大変危険です!スタッフの指示があるまで客席内で座ったままお待ちください!」


スッ

ユウキは元々座っていた座席に腰を下ろした。

ユウキ
「・・・」

そのまま後ろを振り向いたら少年と目が合った。


少年
「お兄ちゃん、ありがとう!!」


ユウキ
「・・・」

少年に向かって右手の親指を立てて見せるユウキ。




タカぷー
「クソ!!全員覚えてやがれ!!皆殺しにしてやらぁ!!!!」

下手にいるタカぷーは必死に抵抗するが身動きも取れない程に拘束されていた。




山内瑞葵
「・・・」

その反対側、上手口でカーテンに身を隠しながら観客席の方を見る瑞葵がいた。

上手のスタッフ
「山内!こっち来なさい!」

山内瑞葵
「っ・・・」

瑞葵はすぐさま上手口から裏方へ姿を消した。




上手のスタッフ
「危ないのに何を見ていたの!?」

山内瑞葵
「すみません・・・」

上手のスタッフ
「・・・とにかく、一旦楽屋で休んでなさい」

山内瑞葵
「はい・・・」

上手のスタッフはそう言うと再びステージの方に出て行った。




山内瑞葵
「・・・ユウキさん」

右手で胸を強く押える瑞葵。同時に瞳から涙が一粒流れた。













数分後 AKB48劇場 劇場前広場




コッ

ユウキ
「・・・こんなことは初めてだな」

振り返って劇場の入口を見るユウキ。後から多くの観客が外に出てきた。

ユウキ
「・・・」
(アイドルが絡む事件・・・1年半前のあの出来事以降は何も起きていなかったのに、どうして今日になってまた発生したんだ?)


タッタッタッ・・・!!


少年
「お兄ちゃん!!」

ユウキ
「・・・あぁ」

少年
「お兄ちゃん、すごかった!!どうやって鉄砲を取ったの!?」

ユウキ
「すごかったのはお前の方だ。危険だってわかっていたはずなのに、彩希を守ろうとした」

少年
「だって、彩希ちゃんがいじめられるのが嫌だったから・・・」

ユウキ
「応援する気持ちが愛となり行動を起こすことができたんだ。彩希への愛は本物だな」

少年
「僕、彩希ちゃんのこと大好き!!」

ユウキ
「気持ちはしっかり届いたと思うぜ」

ユウキは少年の頭に右手を置いた。

少年
「お兄ちゃん、名前なんて言うの!?」

ユウキ
「名前・・・」

少年
「僕はタイチ!!初めての劇場公演、めっちゃ楽しかった!!」

ユウキ
「タイチか」

タイチ
「お兄ちゃんの名前は!?」

ユウキ
「・・・人は俺をユウキと呼ぶ」

タイチ
「ユウキくんだね!ユウキくん、彩希ちゃんを助けてくれてありがとう!!」


その時、周りにいた観客の数名がユウキの方を見た。


心配していた観客
「やっぱりあんた・・・あの"R.B."なのか?」

ユウキ
「!!」

怯えていた観客
「数年前に"アイドルヒーロー"って報道されてた、あのR.B.?」

タイチ
「R.B.ってなに??」

ユウキ
「・・・なんでもない。夜も遅いし、早く帰った方が良いぞ」


コッコッコッ・・・

ユウキは早足でその場を立ち去った。










同時刻 AKB48劇場 楽屋




稲垣香織
「えふっ・・・!!えふっ・・・!!」

岡田奈々
「・・・」

酷く泣きじゃくる香織の背中を優しくさすり続ける奈々。

濵咲友菜
「マジでなんだったん、あの人・・・?」

佐藤妃星
「怖かった・・・私たち殺されてたかもしれない」

大西桃香
「そもそも、どうして鉄砲なんか持ち込めたん?金属検査ってちゃんとやってるんやろ?」

佐藤妃星
「そのはずだけど・・・」




石綿星南
「・・・」

せなたんは椅子に座って床のどこかをじっと見つめている。


コッ

石綿星南
!!彩希さん」

村山彩希
「皆・・・ごめんね」

彩希は下を向いたまま言葉を発した。


岡田奈々
「ゆうちゃんが謝ることじゃないよ」

大西桃香
「そうですよ」

村山彩希
「でも・・・私のファンの人が起こしたことだから・・・」

石綿星南
「・・・」

濵咲友菜
「・・・ゆいりーさんも、あの人があそこまでするとは思ってなかったんですよね?」

村山彩希
「うん・・・ファンの人を信じることができなきゃ、応援だってしてもらえないし・・・」

濵咲友菜
「・・・うーん」

大西桃香
「あれ?ずっきーはどこ行ったん?」

思い出したように辺りを見渡す桃香。

村山彩希
「私たちと一緒に楽屋戻ってきたはずだけど」

大西桃香
「え?・・・おらんよな?」

岡田奈々
「ずっきー??」


タッ、タッ、タッ・・・


岡田奈々
「・・・ずっきー!?」


山内瑞葵
「・・・」

奈々は冷蔵庫に向かって座っている瑞葵を見つけた。

岡田奈々
「ずっきー、大丈夫・・・!?」


タッタッタッ・・・

村山彩希
「そんなところにいたの・・・?」

瑞葵は2人の声に反応する様子はない。

岡田奈々
「しっかり・・・?」

香織にしてあげてたように優しく瑞葵の背中をさする奈々。

村山彩希
「・・・」

岡田奈々
「もう大丈夫だよ。ね?」

山内瑞葵
「・・・」




石綿星南
「彩希さん、あの鉄砲を奪ったファンの人は知り合いなんですか?」


村山彩希
「ううん。マスクしてたから確かではないけど、多分初めて見たよ」


石綿星南
「そうだったんですか。あの人も彩希さんのファンかと思ってました」


山内瑞葵
「・・・」

瑞葵は小刻みに震えている。顔を伏せていて奈々でさえ、その表情を確認できていない。


村山彩希
「多分だけど、電気が消える前に客席で叫んでた子、あれがタイチくんだったんじゃないかなって気がするんだ」


石綿星南
「私もそう思いました。鉄砲向けられてたのにすごかったですよね」


村山彩希
「体が反射的に動いた。あの子を守らないとって」

大西桃香
「見とったで。犯人の腕にしがみついてな」

村山彩希
「それより後は記憶が曖昧というか・・・気付いたら、私の目の前に助けてくれた人が立ってたというか・・・」

濵咲友菜
「手をこう出してな、なんかカッコよかったですよね?」

濵ちゃんは目の前で泣いている香織に手を差し出した。香織の視界には全く入っていない。

村山彩希
「私のファンの人ではなかったかもしれないけど、お礼したいな」

大西桃香
「ホンマよね。あの人おらんかったらマジでどうなってたか」

石綿星南
「ちなみにですけど、私もあの人見たの初めてでした。誰のファンなんですかね」

大西桃香
「グッズとか身につけとったっけ?」

石綿星南
「いや、つけてなかった気がします」

佐藤紀星
「私も認知してる範囲では心当たりないな」




岡田奈々
「ずっきー?衣装のままだと寒いし、ね?着替えよう?」

山内瑞葵
「・・・」

奈々の問いかけに、ようやく瑞葵は小さく頷き反応を示した。

岡田奈々
「よし。じゃあ、ゆっくり立って・・・」




大西桃香
「奈々さん」


岡田奈々
「はい?」


大西桃香
「あの鉄砲奪ったファンの人、奈々さんのファンの人ですか?」


岡田奈々
「私、顔をちゃんと見てなかったんだよね」


大西桃香
「そうでしたか。濵も、さっきの話っぷりだと違いそうやったな?」

濱咲友菜
「違う。私も初めて見た」

大西桃香
「香織ちゃんはもしそうだったらすぐに言いそうやしなぁ。とすると、ずっきーのファン?」


山内瑞葵
「・・・」

瑞葵はやっとの様子で立ち上がっていた。顔は伏せたままだ。

岡田奈々
「今の聞いてた、ずっきー?鉄砲取ったファンの人のこと、ずっきー知ってる?」

山内瑞葵
「・・・知らないです」


大西桃香
「ふぇー。じゃあ、初めて劇場来てくれた人か、DDってところか?これだとお話し会とかで遭遇できる可能性も低そうやな」

村山彩希
「でも、また手つな観に来てくれるかもしれない。その時は必ずしっかりお礼を言えたら良いな」

大西桃香
「そうですね」

石綿星南
「もし、見つけたら彩希さんに教えます」

村山彩希
「うん、わかった」

石綿星南
「ファンの方を大切にする心ですもんね、彩希さん」

村山彩希
「うん。どんな形でも、応援してくれる人全員にしっかりとお返しできるようにしないとね。それこそが応援をしてもらう意味、私たちがAKBとして活動する意味でもあるんじゃないかな」

石綿星南
「・・・」

せなたんは静かに微笑んだ。




山内瑞葵
「・・・」

瑞葵は衣装を脱ぎハンガーにかけた。体の震えは一向に治まりそうにない。








完。

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※この物語は、妄想を現実に変えたと言いながら妄想を描くことしかできない青年の葛藤から生まれたフィクションドラマです。