私は、美の配達人になりたいとは思ってますが、相手あってのものなんですね。

その相手に必要なことは、美に対して、真剣かどうか。それだけですから。

キレイに作るのは簡単なんですが、自然に見せるのは、難しい。


眉そのものがキレイであれば、それでいいんですね。

ただ、幼すぎても、物足りない年齢になったとして、すこしなんとかしたいな。

と、思ったら、少しの手を入れるのは有りかも。

つくりすぎは、意外にキレイではないですね。


ある意味ポイントを押さえさえすればいいだけの話。


こうだ!!と、見せたつもりでも、周りからは、えっ❔?的にしか見えないもんなんですね。

こうだ!!という心も、判らなくは無いんだけれど、いまいちですね。

自分だけは。

良くても悪くても、自分だけは。という心づもりを大切にすることで、美の女神が微笑むでしょう。

出すぎず、構えず、さりげなく。


自分!!という出し方に、その秘密はあるのですから、どこでもではないんですねえ。

自然にさえ見えさえすれば、それをナチュラルメイクというものではないんです。


作っても、それが、自然に見えるのが、ナチュラルメイクというんですね。


手を入れずに済むのなら、それは、それでもいいんですね。

ですが、そうは簡単にはいかないのが美なんですね。


360度。何所から見ても。は、簡単ではないですね。

どれだけ利用できているんでしょうか。


そうでなければ、勿体ないのにねえ。


何故に、あるのに使ってないのかが、わかりません。

自己努力の結果は報われる。


それが、信じられなければ、努力なんてできないですもんね。


美にマジックはないんですが、毎日の積み重ねの結果に過ぎないんですね。

それが、どんなことであっても、些細なことでも、結果として出なくても、信じるということが、キレイというものの正体なんだと思いますね。


魔法の様なのは、見た目だけのことでしかなく、結果は出ません。むしろ、良くない結果がでるということだってありますね。


毎日の積み重ねは、簡単ではないと思いますが、自分では見ることのできない形で表現されるでしょう。

どんなに作ってもいいんですが、自分という個性が消えてしまう様なのはNG


メイクの本質は、自己の表現に過ぎないのですから。

仮面をかぶるがごとくにまでしないでしょ。


あくまでも自然ぽく見せるくらいでちょうどいい。


演者のそれは、特別なもので、一般人のそれは、そうではないんです。

そういった区別は暗黙の裡にあるものなのですから。


しかし、最近は、その壁が失われているのが気になりますね。

自分の個性の表現に一番大切なことの一つに、やはり、つくるより、自然の眉の自己管理。


手を入れるにしても、いたずらにではなく、一本抜くにも、それがなんなのかが判ってないと、段々取り返しがつかなくなってしまうことになります。


ほんとの意味のあるもは、簡単ではないと思いますよ。

美的感覚を磨くためになるのが、同時進行させることで、生活の中に組み込めれば、些細なことでも、積み重なると結果はでますね。


自分次第ではありますが、自分磨きというものは、些細なことの積み重ねが大切なんですね。

キレイを望むんであれば、そういったことからではないでしょうか。