ツン・・・とした花の香りと、馥郁としたお茶の香りで私の意識は浮上した。
ここはどこだ?
私はどうしてここにいる?
頭がボ~っとしているので頭をブンブンさせて覚醒を試みる。
ああ・・・そうだ。先ほどまで、私は祖国の自由と平等を勝ち得るためにシトワイエンヌとして衛兵隊の先頭に立って、国王軍と戦っていたはず。
そして、銃弾に倒れた。あの日、アンドレに愛された胸を、何発もの銃弾が貫いたんだ。
そして最後の記憶は、アランとロザリーの泣きはらした顔だ。
ごめんね、ロザリー。すまなかった、アラン。私は最期をお前達に看取ってもらったんだね。
それにしても・・・鉛玉に貫かれた血まみれの腹や胸が少しも痛まない。いや、それどころか、軍服が血で汚れていないのだが・・・?
「お目覚めになりまして?オスカル・フランソワ様?」鈴の音のような声が聞こえる方向に、私は振り向いた。
そこには、品のいい緑がかった瞳の、黒い髪の女性が私に向かって微笑んでいた。ウエストが緩めのドレスにゆるりとアップにした長い髪。華美なアクセサリーはつけていないけれど、首には可愛らしくひかえめな真珠の首飾りが。その風貌から、宮廷でこれでもかと美を主張していたフランスの貴婦人ではなく、奥ゆかしい東洋の夫人を彷彿とさせ、私の彼女への好感度は急速に高まった。
「ああ、申し訳ない。私はどのくらいここに寝ていたのでしょうか?そしてよろしければマダムのお名前を教えていただきたいのですが。」
「私は・・マダム・パルファンとでも名乗っておきましようか。この世界の香りが心地よく保たれるように
お花を世話していますのよ。ほら、ご覧になりまして?」
私は自分が横たわっていた所が美しい花が咲き乱れる場所だという事に今更ながらに気が付いた。でもその風景がひどく非日常的な・・・というか・・・今まで自分が知っていた常識と違う・・・
事に気が付いた。だって。
薔薇と藤、牡丹。向日葵に紫陽花、クレマチス。芙蓉にローズマリー、孔雀草、リアトリス。
四季の花々が一度に咲き誇っているんだ。私とて、幼い頃より軍事学、兵法の他に生物、植物学を学んだから、今の状況が魔訶不思議な事だってことは認識しているさ。
「マダム・パルファン。何故ここには四季の花が一度に咲いているのですか?」
「それは。」マダムは微笑んだ。「この世界では、現世で偉業を成し遂げた方達の魂を慰める為に四季の綺麗なお花を咲かせてるのですよ。」
偉業なんておこがましい。私は両親を裏切り、王妃様を裏切り、魂が赴くままに愛しい男までも巻き込んだ女だぞ?
でも。「嬉しいですよ、マダム。四季の花をこうして愛でる事が出来る。私には・・・もう花を愛でる楽しみしかないのだから。」
「そうでしょうか?私にはそうは見受けられませんが?」
マダム・パルファンは意味ありげに微笑んだ。
「まずは私が淹れたお茶を。お召し上がり下さいませね。」
マダムが用意してくれたのは、手の平にすっぽりと入りそうな小さな茶碗と可愛らしいテイーポット。
そうっと飲んでみると実に芳しい花の香りが口の中に広がった。でも。
「マダム?とても美味しいのだが、これではデミタス・カップよりも小さいのではないか?」
図々しくも、私は美味しいお茶を入れてくださったマダムに「これでは少ない。」との文句を
言ってしまった。
マダムは「わが意を得たり。」と言わんばかりにとても嬉しそうに私に微笑んだ。
「それは東洋の有名な茶器なのですよ。ある人に頼まれまして、貴方様がこちらに来られた時には
まずは小さな茶器で少しだけのお茶で喉を潤してあげて、という事でしたから。」
「それは、何故?それにある人・・・とはだれかな?」
「さあ、何故でしょうか?」マダム・パルファンは楽しそうに微笑んだ。
「まさか・・・殿方かな?」
「少なくともとびきり美味しいお茶を淹れることができるオスカル様のお知り合いかと。」
その時、私の背後に甘いショコラの香りと懐かしい彼の香りがした。
「アンドレ!!」
「オスカル?待ってたよ。さあ、俺の淹れたショコラを召し上がれ。」
お茶よりもショコラよりも、私は目の前で微笑んでいる黒髪でのっぽの彼に会えたことが嬉しくて
彼に抱きついてしまった。
