「だからもう、季節外れだっていったじゃないの。私は薔薇が見たかったわ。」
「だって…仕方がないじゃないか。君だって仕事が忙しかった。君の都合がいい日は俺は出張だった。花の咲く季節に合わせて仕事の調整ができるわけないだろう?」
ソニアは看護師。そしてジェフは新聞記者。ジェフが取材中の事故で担ぎ込まれた病院にソニアはいた。怪我で入院したものだから、ジェフはソニアが病室に来る度に、よく話しかけた。
話し上手で雑学も豊富なジェフに、ソニアもいつの間にか笑う事が増えた。
退院後。取材と取材の合間をぬって薔薇の花束を担いで病院に駆けつけたジェフはたくさんの看護師がいるにもかかわらず、ソニアに花束を捧げた。
「忙しい俺と、つきあってくれませんか。お願いします。」
もう、鼻先にぎゅうぎゅうと花束を押し付けられるみたいなのに、なぜかとても幸せで。
ソニアは「oui」と微笑んだ。そして薔薇の花咲く頃、ベルサイユにある有名な薔薇園に一緒に行く事をジェフに約束させた。
ところが二人とも多忙を極めた仕事についているため、デートもままならない。ソニアの休みの日はジェフが仕事。取材の間で二人でファストフードに行くのが関の山。たまのジェフの休みには、ソニアが仕事の時が多く、そんな時には病院の中庭で二人でハンバーガーを食べる。
秋薔薇の頃は瞬く間に過ぎた。コロナのまん延で病院は満床。ソニアの休日は睡眠で終った。
春薔薇が咲き誇る頃、今度こそ一緒に薔薇園へ行こう、と二人約束したのに。
この春に入社した新入社員の面倒をジェフが見ることとなった。自分の仕事に加え、新人の教育。
体が二つ欲しいくらいの状況で、5月が過ぎ、6月が過ぎ、7月が過ぎた。
そして8月の半ばという今日。
「薔薇園に行こうよ。」と言うジェフの誘いにソニアは首をかしげた。「薔薇の花はとうに終わっているわ。私は薔薇の花が見たいの。だってジェフは私に薔薇の花束をくれて交際をもうしこんでくれたじゃないの。」
でもジェフは譲らなかった。「8月にあそこで薔薇が咲き誇るのを見たっていう噂を耳にしたんだ。」
普段は優しいジェフがそこまで言うなら、とソニアは今日、ジェフと共に薔薇園の門をくぐった。
でもそこには、
タカサゴユリ、ヌマトラノオ、ユウゲショウ、オトギリソウと言った可憐な野の花が今が盛りと薔薇園を陣取っている。薔薇は優雅に眠り、秋までその華麗な姿を見せてくれないらしい。
ソニアはだんだんと苛立ってしまった。ジェフはあれえ?と言った表情で、でも野の花も綺麗だね、なんて言ってる。
「だから言ったじゃない!薔薇の花なんか咲いてないって!だいいち、薔薇の季節くらいわからないの?新聞記者のくせに!」
しまった・・・・地雷を踏んだ。ジェフの顔がこわばる。私ったら、なんて言う事を。
もう、終わりなのかしら、私達。
それでも何だか謝るのもしゃくなので、薔薇園の中にある小さな緑で囲われた場所・・・本来ならばそこに薔薇がさきほこっているはずの場所に向かってソニアはスタスタと歩いて行った。
その後を「おい、待てよ。」と追いかけるジェフ。
その時、薔薇の香りがした。
白い薔薇が咲き誇ってる?ソニアが思った瞬間、そこに女性がいることに気が付いた。
艶やかな金髪を背中まで優雅に伸ばし、瞳は海のように蒼い。ゆったりとした白いブラウスと
濃紺のベルベット・スラックスというシンプルな姿の女性は二人の方を見て微笑んだ。
「少しだけど、ここに薔薇が咲いていますよ。」ほら、と彼女が指し示す方向には、決して
広くはないけれど白い薔薇が美しく咲き誇っている花壇がある。
「ほら、ね?」と面白そうに笑う金髪の女性が、薔薇のように美しい。
「わ・・・あ!」ソニアとジェフは、白薔薇の美しさにしばし見入っていた。
その間、女性はいつの間にか設えてあるテーブルに肘をついて椅子に座って寛いでいたが、二人に声をかけた。
「お茶でもいかがですか?喉が渇いたでしょう?」
その声に振り向いたソニアの瞳に一瞬黄色い薔薇が映ったような気がしたのだが、
そこには、黒い髪の穏やかな黒い瞳の男性が微笑みながらこちらに会釈している。
「どうぞお茶を。ローズヒップテイーですが。」
ソニアもジェフも喉が渇いていた。「どうも、ありがとう。」と椅子にすわり、お茶をいただいた。
「美味しい・・・。」それを聞くと、黒髪の男性は微笑んだ。「良かった。お口に合って。」
「黄色い薔薇も、今が盛りですよ。」と金髪の女性が言った。
あら?さっきは気づかなかったけど、白い薔薇の横に、まるで守るように黄色い薔薇が咲いているわ。
とても不思議に感じたソニアは、女性にたずねた。
「あの…お二人は恋人同士ですか?」先ほどから感じていた、二人の間に流れる甘い空気。
「恋人・・・ううん、今は夫婦。あなた達は?」
「一応恋人同士・・・です。彼が季節外れの時にここへ連れてきたので、言い合いになって。」
「ソニア!だからそれは…ゴメン。」
二人のやり取りを聞いていた金髪の女性と黒髪の男性はクックと笑った。
「ダメだよ、そんなことぐらいで喧嘩しちゃ。こんなステキな時代に生きてるのに。」
美しい女性が、さも愉快そうに男言葉を使ったので、ソニアはポカンとした。
「そうですよ。現にあなた達はささやかだけど薔薇の花、見れたでしょ?」穏やかな口調で黒髪の男性が優しく制してくれた。
「そう…ですよね。本当に綺麗な薔薇。」いつの間にか喧嘩していたことを詫び、ソニアとジェフは
コツン、と額を擦り合わせ笑い合っていた。
「お茶、ご馳走様でした。お二人とも末永くお幸せに。」そう言って二人はその場を離れていった。
夫婦と名乗る二人は、寄り添ってソニアとジェフに手を振ってくれた。
あくる日の早朝。ソニアの元へ、ジェフからラインが来た。
「今からもう一度、昨日の薔薇を見に行かないか?奇跡だよ、この季節にあんなに見事な薔薇。」
今日は遅番だから、今からなら見に行ける。
「わかったわ。私ももう一度みたいと思ったから。」
そうしてソニアとジェフは昨日行った薔薇園に行ってみた。
でも。
昨日行った薔薇園の中の不思議な囲みの中は綺麗に刈り込まれ、薔薇はおろか、何も咲いていなかった。
「え・・・?」
昨日は小さな花壇に白薔薇と黄色い薔薇が咲き誇っていたのに・・・・?
ソニアは丁度そこで庭の手入れをしていた年配の女性に声を掛けてみた。
「あの・・・・すみません。昨日ここを訪れた時に、見事な白い薔薇と黄色い薔薇が咲いていたのですが。」
その女性は目を見開いて二人の話を聞いていたのだが。
「薔薇の花はとっくに開花時期が終わって、秋までは咲かないはずですが・・・・。もしかすると
金髪の女性と黒い髪の男性に声をかけられましたか?」
「あの・・・・はい。」
「そうでしたか。実はお客様の他にもいらっしゃいました。季節外れの時期に美しい薔薇と綺麗な金髪の女性と黒髪の男性に出会った方が。」女性は微笑みながら教えてくれた。
その女性は作業の手を止めて、ソニアとジェフを昨日薔薇が咲いていたはずの場所へと導いた。
そこには、小さな石板があり、かなり古いものだが文字が彫ってある。
アンドレよりオスカルへ
オスカルよりアンドレへ
永遠の愛を誓う。
「私がここで働くことになった時、ここがかつて、貴族の屋敷跡だったと支配人が教えてくれました。
この石板は、何故かずうっとここにあったそうですよ。不思議ですよね。でも、文字の内容からして、恋人達が彫ったものだと・・・。だからずうっと、ここで大事に保存されているんです。」
ソニアとジェフは不思議な気持ちで薔薇園を出た。
あれは幻?
それとも幽霊?
いいえ違う。
いにしえの恋人達が・・・もしかしたら色々な障害をくぐりぬけながら愛し合った・・・私達のつまらない喧嘩を見て、助けてくれたのかもしれない。
なんだか、あたたかな気持ちになった。
「ねえジェフ、私今日は遅番だけど、めいっぱいデートしない?」
「え?いいの?じゃあ、まずは美味しい朝食を食べに行こうか。」
二人は出逢った頃のようにべったりと寄り添って大通りのカフェへと歩いて行った。
FIN
ほんわかと暖かい怪談を書きたくなりました。昨日、地元から1時間位の薔薇園に行ったら、
季節外れなのに綺麗な薔薇が咲き誇っていたので、思わず書いてしまいました。