私のハウスキーパー君④ | cocktail-lover

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ベルばらが好きで、好きで、色んな絵を描いています。pixivというサイトで鳩サブレの名前で絵を描いています。。遊びにきてください。

  「アンドレご苦労様。おかげで空気が見違えるほど清々しくなったわ。」

 

 丁寧に淹れたハーブテイーをガラスのテイーカップに注ぎながら、オレリアは微笑んだ。一見冷ややかに見える整った顔立ちだが、笑うと花が開花したようで若い頃からハッとする美人だっただろうな、

とアンドレは思う。

 

 「とんでもない。エアコンの掃除は面倒なものです。いつでも連絡してください。」

 「本当にすまなかったわね。いつもと違ってこんな夜に来ていただいて。ね、お茶ぐらい飲んで

いってちょうだいな。こんなおばあちゃんがお茶を誘うくらい、会社だって多めに見てくれるでしょ?」

 

 「ありがとうございます。実は、喉カラカラなんですよ。ありがたくいただきますね。」

アンドレはそう言って、マダムが勧めてくれるハーブテイーを口にした。一仕事終えた後の乾いた口の中にハーブの爽やかな香りが一杯に広がる。

 

 オレリア=ルセーブルは、一人暮らしの老婦人。小さな会社を経営していた主人とは、彼が引退後、旅行をしたりちょっと贅沢な食事をしたりと老後を楽しんでいたのだが数年前、未亡人になってしまった。仕事一筋の主人とのわずか数年間の楽しい時間を思い出しては心塞ぐ毎日だったオレリアを心配して、子供達が「できれば話し相手もしてくれそうな、気さくで信頼のおけるハウスキーパーを。」

という依頼がライジングサンに来たのがほぼ1年前。その時にオレリアに紹介されたのがアンドレだった。アンドレに漂う暖かな雰囲気に安らぎを感じたのだろう、オレリアは週2日、午後1時から4時までの彼の訪問が楽しみになった。家庭をしっかりと切り盛りしていた主婦だったオレリアはキチンと家事をこなす女性であったが高いところの掃除、草むしり等、年を経るにつれきつくなる仕事をアンドレに頼んだ。少しでもアンドレと会話を楽しみたくて、オレリアはわざと仕事を早く切り上げさせて話し相手になってもらったりもした。

 

 この数か月間、世の中にコロナ感染が広がってしまったおかげでオレリアは家に籠る時間が長くなってしまった。おかげでエアコンの効きが少々悪くなってきたので、思い切ってライジングサンに連絡しアンドレに来てもらえないかと依頼をした。この1週間は彼は4時まで仕事が入っているが本人に連絡してみますという事だった。夜で良ければ伺います、と言うアンドレからの連絡にオレリアはとても喜んだ。

 

 「アンドレ、何かいいことがあったかしら?」若い娘が悪戯っ子のような表情をするように、オレリアは彼の顔を愉快そうに覗き込んだ。突然のツッコミに、アンドレはゴホゴホッとむせ返ってしまった。

 

 「ど、どうしたんですか、マダム。むさい男をからかわないでくださいよ。」

 「ウフフ、図星のようね。アンドレ。初めて会った時からあなたはとってもハンサムだけど何かを封印しているような表情をしてるの、いつも。それが今日は、心ここにあらずだわ。ね、おばあちゃん相手に話してみてはどう?私だってあの人と大恋愛をした女だもの。恋バナしたいわ。」

 「・・・・参りましたね、マダムには。」アンドレは頭をかいた。

 

 ハウスキーパーと客の関係はあくまでもビジネス。でも同時に、会話をお客が求めている場合は実際の仕事に差し障りのない程度にコミュニケーションを持つことはよい事だ、と彼は納得している。

 特に彼のように、老夫婦や一人暮らしの老人の家庭に多く訪問する場合は何気ない世間話が彼等の元気の源になることをアンドレはよく知っている。

 

プライベートな情報は伝えず、アンドレは今日出会った若い女性翻訳家の話をした。オレリアは優しそうに、時に懐かしそうにウンウン、と頷きながらハーブテイーを美味しそうに飲んだ。

 

「アンドレ・グランデイエ、恋に堕ちる・・・、ね。」

「マダム!!!」

「ねえ、アンドレ?」オレリアは彼の長くて形の良い指を両掌で包んだ。

「何を封印しているのかしら、あなたは。初めてお会いしたときから、あなたの優しい瞳の奥に寂しさを感じていたの。だからこそ、いつもあなたは年寄りの心に寄り添ってくれるのかもしれないわね。でも、

そんなあなたをこんなに素敵に心そぞろにしてくれる人に出会ったのだもの。これは一大事よ。大事にしなくては、ね。」

「・・・・・。」隠していたものを見つけられたような、心の中を覗かれたような驚き。

「マダム、あなたは・・。」

「無駄に年は取っていないわ。何となくわかるもの。ねえアンドレ。悔いることは決して悪い事じゃない。でも前に進むことはもっと大事よ。明日はその方と、必ず少しお話をしてね、約束よ。」

 

椅子に腰かけているアンドレの頭を、オレリアは優しく包み込んだ。故郷に住む、自分の祖母に抱かれているような懐かしさをアンドレは感じた。

 

二日目の朝。

 

 オスカルの部屋へ行くと、彼女は頭を抱えていた。ランドリールームへ行ってみると、洗濯物はちゃんと分別されており、下着はどうやら彼女が夜中に洗濯し、乾燥機にかけたようだ。

 

「おはようございます。今日は洗濯から始めますけど‥‥あの、大丈夫ですか?」アンドレは彼女の顔を覗き込んだ。顔色が…あまり良くない。ふと昨日のシチューの鍋を開けた。

「朝、食べていないね?」

「ごめんなさい。」オスカルがすまなさそうに言った。「夕食は美味しくいただいたわ。それから自分の下着を洗濯して乾燥機にかけて。そうしたら頭が逆に冴えてしまって夜遅くまで仕事の方をやっつけたの。明け方近くにベッドに入ったのだけれど朝起きたら頭痛がしてしまって。」

彼女の話が終わると、目の前に暖かなショコラが現れた。「まず、これを飲んで。」

「美味しい・・・。」一口一口、ゆっくりとショコラを飲む。寝不足で凝り固まった脳細胞の隅々まで、

ショコラが染み渡るようだ。そんな彼女を心配そうにアンドレは見た。

「あなたは・・・無理しすぎるタイプだね。仕事を立派にこなすのは大事だけど、自分の事ももっと大切にしてほしい。落ち着いたらこれを食べて。」いつの間に作ったのだろうか、一口サイズのミックスサンドイッチを盛った皿を指さした。「僕は洗濯と、換気をして買い物に出かけてくる。食べてから少し眠るといい。たとえ30分でも眠ると頭がスッキリするよ。起こしてあげるから。」

 

 オスカルはこくりと頷いた。いつもは自分のペースは決して乱さずストイックに仕事を進める彼女だが、彼の言葉がごく自然と受け入れられる自分が不思議だった。今も、彼の作ったミニサンドを食べると緩やかで心地よい睡魔がおそってきた。

「それでは、1時間後に起こしてくださる?」

「1時間後ね?了解です!」アンドレは彼女の書斎のドアを閉めると、ハウスキーパーの仕事へと戻った。そして彼女は、ベッドに沈んでいった。

 

1時間後。ノックの音は彼女を覚醒させないようだ。アンドレは3度のノックの後、そうっとドアを開けた。

「オスカル?あの、1時間たったけど。」彼の声にオスカルの瞳はパッチリと開いた。

「あ、あのおはよう・・・じゃなくて、ありがとう。すごくすっきりしたわ。」

「そりゃよかった。洗濯の他にすこし気になったところも掃除していたらあっという間に1時間が経ってしまって。買い物はこれからなんだ。何がいいかな?何を食べたい?」

「あの、もしよろしければ一緒に行ってもいい?」オスカルはたずねた。「ちょっと煮詰まっちゃったみたい。気晴らしにスーパーに行ってみたい。」

意外な彼女の言葉にアンドレは驚いた。「僕は大歓迎だけど、大丈夫なの?」

「うん。アンドレの迷惑でなければ。」

 

迷惑なもんか、と彼は彼女を車の助手席にのせた。彼女の家から車で10分程度の所に大きなスーパーマーケットがある。二人はカートを引きながら店の中を見て回った。

「何が食べたい?」

「昨日のクリームシチューが残ってるからそれをいただくわ。それと・・・朝のサンドイッチがすごく美味しかった。あれ作ってくれる?」

「あんなのでいいの?」そんな会話をしながら、トマトやチーズ、パンの他に、もうすぐなくなりそうだから、とボデイソープや食器用洗剤などの日用品も買いそろえ、レジに向かう頃には結構な量の買い物になった。

「あら新婚さん?美男美女で羨ましいわ~。」とレジのおばさんに冷やかされ、焦る二人。そんな二人に笑いながら、彼女は紙を差し出した。「あのね、これ応募してみない?名前書いて箱に入れて行ってよ、ね?」

 

オスカルもアンドレもフランス人にしては背が高い。やたらと目立つカップル(?)にニヤニヤするパートのおばさんたちの視線が痛くて、アンドレがさっさと名前を書いて箱に放り込んできた。

 

カートから車に荷物を運びこむと、後部座先は一杯になった。食料品はオスカルが抱えて助手席に座り、二人は急いで部屋に戻った。

 

 部屋に戻ったのはすでに4時近く。シャンプーはここ、洗剤はあちらの棚へ、と整理していたらあっという間に4時になってしまった。

 

「今日はゴメン。スーパーのレジのおばさんが変なこと言うから。イヤな思いさせたね。」とアンドレは

帰り支度をしながら彼女に謝った。

「そんな・・・私のほうこそごめんなさい。私なんかと新婚なんてね。私はとても楽しかった・・・・えっと、いい気分転換になったし。」

「本当に?」

「・・・本当はね、昨日あなたと少し話がしたかったの。不思議ね。」

俺も…同じことを考えていたんだ、オスカル。

「じゃあ、明日もよろしくね。」アンドレは彼女に背を向けた。「あ、そうだ。オスカル一つ聞きたいことがあるんだ。」

「何?」

「コンペに出す翻訳って、どんな内容なの?」

「とてもロマンチックな恋愛小説。だから苦戦してるの。私、法学部出身で契約書とか申請書類の翻訳がメインだから。」

「そうだったんだ。頑張って。でも夕飯、ちゃんと食べろよ。」彼女の頬を、彼は手でそうっとさすった。

 

パタン・・・。ドアは閉められ、オスカルはまた一人になった。彼が綺麗に整頓してくれた部屋を彼女はぐるりと見回してみる。人形も雑誌もない、専門書と少しばかりの小説がひしめく本棚に、小さなテーブル。唯一の装飾品は、リーデルのクリスタルベースに薔薇一輪。

 

まるで私自身みたいな部屋だな。

こんなに広かったかしら、この部屋。

 

彼が触れてくれた自分の頬を、今度は自分で触ってみた。そんなはずないのに、彼の温もりが伝わってくるようだ。自分の瞳に涙が溢れてきたことに、彼女は驚いた…。

 

 その夜、オスカルは不思議なほどコンペの恋愛小説が染みる程に心に入ってきた。

 

 

 以前、私的な理由で、家政婦派出所に問い合わせたことがあったり、家政婦の○○○と言ったドラマを見たりしたことがありますが、リアルにこのお仕事の知り合いがおりません。私が書いているのはお会いしたことのある介護ヘルパーさんの印象なども入っているので、「ハウスキーパー」をプロとしてやっていらっしゃる方からは「違うのでは?」という個所も多々あるかと思います。

「アンドレ、チャラいぞ!こんなんちゃうぞ!」と思われるかも。ごめんなさい。実際には本当に

肉体的、精神的に大変なお仕事であろうと思います。

 

 

またしても、マダム・キラー全開のアンドレ君のイラストを載せてみますね。